おす!ケン坊です
変人シリーズ#1 沖縄本部町の変人三線弾き”シンボーさん”の後半を書いていくぜ!
この世がインターネットに支配され早くも15年、その便利さと引き換えに我々は生きる事に”速さ”を求められるようになった。
一般人が勉強を一切しなくてもネットを活用できるシステムをアップル社が次々と開発し、誰もが指先1つで便利に物を購入したり情報を瞬時に集める事が出来る世界になった。
それ故に1日に我々が選択可能な情報量が10年前と比べて530倍以上になっているという研究結果も出ていて、日々の生活と我々の脳は慌ただしく動かざるを得ない様になっている
そんなストレスフルな現代においても周りの目を気にせず、誰から金を貰える訳でもないのに己の信じた事・己に必要な物だけを厳選して生きている素敵な変人達がいる
その生き様や個性的かつユーモラスな考え方を目の当たりにすると、一度きりの自分の人生、一度足を止めてシッカリと考え直してみようといつも感じる俺がいる
素敵な変人達を紹介する事によって世の中で”悩み苦しんでいる人”が人生を変えるキッカケ、または癒されるキッカケになればと考え俺のブログで「素敵な変人シリーズ」として書いていこうと決めた。
そんなシリーズの一発目が俺の三線の師匠である「沖縄の変人三線弾きShinBow」だ

「前半のまとめ」
ShinBow(シンボー)という男

「シンボー」は幼少期の彼のあだ名で「シン坊」と周りから呼ばれていた為、現在そう名乗っているらしい
本人が自分の肩書きを説明する際は”沖縄ブルース民謡アーティスト”と説明している。
沖縄の海に流れ着く”流木”や”貝殻”を集めて作品を作るアーティストでもある
人の目を全く気にせず自分が人生に必要だと思う事以外を徹底的に排除し、沖縄の文化・歴史を大切にしながら三線を弾き歌う彼は好き嫌いもハッキリしていて歯に衣着せぬ物言いでBEGINやTHE BOOMが作る”流行りの沖縄音楽”を「あんな物は観光客向けに作られた嘘の民謡だよ」と否定する。
俺からすれば彼の意見が正しいとか間違ってるとか一々考えないのだが徹底して自分と会話して出した彼の生き方を持ってして初めて彼の「静かなのにどこか怖い・凄みのある音楽」が作られるのだと感じずにはいられない。
彼は全ての物を自分で作る。
彼が住む家はボロボロだった沖縄家屋を彼が1から自分で直して住んでいる
彼の母親が体を悪くし、「寝る時に身体が痛い」と言えばとても寝ごごちの良い立派なベッドを彼は手作りする。
食事と言えども、針と糸をくくり付けた物だけを手に海へ行き珊瑚の間にそれを垂らし、自分が食べる分だけの魚を獲って生活している。

そんな彼も38歳まで東京で普通のサラリーマンをしていたらしいが何かの用事で島(沖縄)に帰った際に沖縄民謡の「花」を唄う機会があったらしく、三線を始めたキッカケはそこからだという。
それまでは三線に触った事もなければカラオケすら行った事もなかったらしい。
三線を始めてから20年以上彼は我流で練習してきたらしく、なんと現在でも楽譜を読む事が出来ないという。
(更に彼のCDも発売されているのだが、そのレコーディングの時まで自分の歌声を聞いた事がなかったらしい・・・)
楽譜が読めないのにどう練習するのか?
シンボー「三線は楽器でしょ?鳴るんだから感じる事が出来るよね。毎日毎日感じてたらいつの間にか音を聞けば弾けるようになってたよ 笑笑」

ここまで読んで頂いただけでも彼の変人度は少し分かったと思うんだけどもっと詳しく知りたい人は前半のブログを呼んでくれよな
https://atguriwith.com/2020/05/27/【近所の変人さん#1】沖縄に住む変人三線弾き/
前半の続き
すっかり三線の音色の虜になった俺は晩飯も宿の近所にある沖縄民謡居酒屋にアグを誘い、2人で夜遅くまで三線の音色を楽しんだ。
その夜に宿に帰った俺はシンボーさんが言っていた事を思い返していた
「本物は少ない」「便利な生き方ばかりを選ぶ上で支払わないといけない代償」
「お金を稼ぐために自分達の歴史・文化を変えてしまう人間」
味方もおらず、誰かから金を受け取れるわけでもない。
武器はたった一本の沖縄三線と自分が作るアート作品のみ。
彼には中学生になる息子がいると言っていたが奥さんは居ないという
母親を大事にし、自分が間違っていると思う生き方を38歳で辞めて沖縄家屋を1人で直し自給自足のような生活を日本の片隅で始め、世界の事を真剣に考え毎日1人三線を弾き歌う。
そんな彼の演奏を早く聴きたかった。
昼前に目が覚めた俺たちは近所のフクギ並木の中にある地元の人がよく行くという定食屋に行きチャンプルー定食と焼きそばとビールを頂きその前にある海で泳いでいた
するとメッセンジャーに彼からの連絡が入っていて「今日の夕方17:00に備瀬崎においで」と書かれていた
夕方まで三線を引いたりビールを飲んだりして時間を潰した俺たちは地元の人しか来ない生きた珊瑚がある海”備瀬崎”に向かった。
夕焼けが少しづつ赤く輝き出す頃に備瀬崎に着くと見覚えのある柴犬がこっちを見て尻尾を振っている
シンボーさんの飼い犬のムクさんだ。
シンボーさんがTシャツに半パンにビーチサンダルというラフな格好で堤防に腰かけてオニギリを食べていた。
横に停めてある原付にはそのラフな格好と似合わない高級な三線ケースが置かれている
俺「コンバンワ、昨日は有難うございました。今日も三線弾いてました」
シンボーさん「そう。」
「・・・・・ちょっと待ってね。お腹空いちゃって。」
そう言いながら美味そうにモシャモシャとオニギリを食べながらムクさんを撫でている。
(オニギリを素手で食べているその手で犬を触る事に抵抗はないのかな?)
シンボーさん「今日は波が静かだね」
「波が静かな時、高い時、天気、人の多で弾きかたが変わるんだよ」
俺の心「出た!よく分からんがなんか渋い物の言い方!たまらんのぉ〜〜」
オニギリを食べ終わり水を飲みながら三線のケースを開け、弾く準備をするシンボーさん
なんでもそうだがその道を極めている人って所作に無駄がなく、準備してる所を見てるだけでも心地よい
夕焼けで赤々と染まる沖縄の海を見ながら彼が三線を弾きだした

どこを見るでもなく海を見渡しながら彼は唄っている
沖縄の事を考えているのか。
離れて暮らす母の事を考えているのか。
昔の仕事仲間の事を考えているのか。
俺には分からなかったが歌声に哀愁を感じつつ、「やはりどこか恐ろしい歌声だなぁ」と感じていた。
1時間ほど彼は色々な唄を沖縄の方言のままに唄い、時には美しく響く口笛を挟みながら演奏してくれた。
最後の曲が終わるとタバコに火を付けてゆっくりと”うるま”の煙を吸い込みながら俺に三線を渡した
シンボーさん「最後に弾いとくと良いよ。こんな三線はもう触る事も多くはないだろうからね。」
最後の三線のレッスンが始まった。
とは言っても夕闇がすぐに追いついてきて30分もすると手元は見えなくなりシンボーさんも帰る準備を始めていた。

オレ達はシンボーさんに三線を返しお礼を言った。
シンボーさん「ありがとね。また沖縄に来たら寄ってよ。大阪の方でライブがある時はまたメッセージ送るよ」
オレ「シンボーさん。僕、三線を買おうと思うんですけど買う時に気を付けた方が良いってポイントありますか?」
シンボーさん「本当にやるの?(笑笑)じゃあ僕が選んであげるよ。選んで神戸に送ってあげるからまた連絡するよ」
オレ「マジですか!?嬉しいです。僕、シンボーさんが自分の三線の先生だって言って良いですか?」
シンボーさん「いいよ、いいよ。また沖縄に来たら一緒に鳴らそう」
彼は笑顔でそう言ってくれた。
その日も誰かに演奏を頼まれていたらしいシンボーさんは原付で帰っていった。
オレはそれから神戸に帰り、シンボーさんから届く三線を待ちきれず自分で安い三線を買ってしまった。
数日してシンボーさんから三線が届き最初に買った方はアグが使っている。
今でも三線を弾き続けている。
驚いたのが三線が自分に本当に沢山の新しい出会いを運んでくれる事だ。
友人と花見をしている席で三線を弾いてると老人ホームの職員に声をかけられ老人ホームで演奏する事になったり、海や公園で弾いていると人が集まってくる。
(これ、ギターとかやと珍しくないんやろけど三線やから集まってくるんやろなぁ〜)
去年の6月からアグと世界旅行に出た時も持って行って弾いてたんだけど本当に沢山の外国人と触れ合えた。
カナダ人のプロのシンガーソングライターとゲストハウスのタイ人スタッフ(マリファナでラリってた)とセッションになったりで凄い色んな経験を三線に与えてもらってる。


10数年、飲食店オーナーとして金を追いかけ金に踊らされ調子に乗っていたオレにとってシンボーさんと三線との出会いは特別な物になった。
今でも彼は遠く沖縄の田舎で美しい海に唄いかけながら”練習”というよりは”修行”のように自分と向き合い、金に執着せず、本物だけを残しながら歳を重ねていっている。
高級車にも乗っていない。
時計もしていない。
ステーキや寿司なども食べない。
テレビも見ない。
旅行にも行かない。
誰に頼まれた訳でもなく
”仕事”としてやる訳でも無く、
1人で考え
1人で決め
1人で唄って
1人で生きている。
誰が待っている訳でも無く、期限が決められている事でもないのに
「僕には旅なんかしてる時間はない」と自分の尻を自分で打っている。
こんな生き方をしてる人と一緒に酒を飲めただけでも幸せだった。
これからの人生で、迷った時はオレも取り敢えずは酒を飲みながら1人で三線を鳴らしてみよう・・・・
このブログをここまで読んだ貴方も、現実の辛さに耐えられなくなったり、道に迷った時にフッとこの記事を思い出したら沖縄本部町に足を運び、嘘偽りのない彼の音色に触れると良いかもしれない。
見えなかった何かが見えるかもしれない
たった一度の短い人生、お互いの道をシッカリと又ユッタリと幸せの中死んでいけたら幸せですね
”彼が師匠として言ってくれた言葉
「付け焼き刃で身に付けた技術を振るっているだけの演奏は耳障りなだけだよ。下手でも魂が籠った演奏は分かるし聞ける。それは下手でも本物っていう事。三線弾くなら魂を込めてね。僕が教える事はそれだけ。」

変人シリーズ#1 「沖縄本部町の変人三線弾き”ShinBow”」 終わり