ウエマさんの歌part2(坊さん付き)

ケン坊でっす。

沖縄生活が長くなってきてなにがヤバいって食生活が完全に崩壊しとる。


結婚前は外で喰うか、こんなんばっか喰うとったから今更なんも思わんといえば思わんねんけど。
(なんか久しぶり感もある。改めてアグは飯作るの上手いと思ったね。)

歳も歳やしもうちょっと気を使った方がえ〜ね。
気をつけよ。

さぁそれはそ〜と、ゲストハウスに長期で宿泊しとったら色んなタイプの人間がお客さんで来るわけなんやけど、2日前には寺の跡取り予定やった息子が来た。

仏教系の寺らしくてお父ちゃんが住職で、まともにいけば彼が後を継ぐらしかったんやけどお父ちゃんとお婆ちゃんが仲悪くて喧嘩ばっかりなんに嫌気がさして寺を飛び出してきた35歳と言うことや。

(ホンマにそんな説明やってんけど全く意味が分からんよな?親父と婆ちゃんが仲悪かってなんで家出に繋がんねん?笑笑。あんま興味なかったから深掘りはせんかったけど・・・。)

まぁ堅い話はなしで夜は例のウエマさんも入れて3人で酒盛りだわさ


楽しい夜を過ごしたんやけど、この最近ちょくちょく登場するウエマさん(ギター弾いとる方)は畑もやっとる人だ。
っと言っても畑を始めたのは去年の10月くらいから。
まだ半年にもなってないペーペーだ。

ウエマさんは数年前までご自分で会社経営されてたみたいだが不景気の煽りで倒産。
持ち家も売却を余儀なくされたそうだ。

大変な苦労をしてきた彼だが、彼は勇者なのだ。
畑を始めたのはわずか半年前でそれまで農業経験は0。
にも関わらず一人で勉強を始め62歳にして畑を始めた。

お一人で0から(荒地から)スタートされたのだ。
根性あるよなぁ〜。

62歳にもなるのに奥さんを浦添市に残し一人沖縄北部に畑を作り、毎朝5時半にはゲストハウスを出て、夜は18時頃に帰ってくる。
(1ヶ月3万円のゲストハウスい〜さ〜に住んでいる。)


そんな素敵なウエマさんと坊さんの卵と呑んだ次の日、前に沖縄で友達になったチエジマさんって方を足した4人で、バーベキューをすることになった。

午前11時に集まって食材の買い出しに行くということになってたんやけど買い出しの前にみんなでウエマさんの畑を見に行くことに。


ウエマさんは畑を二つ持っていて、これが一つ目のマンゴー畑だ

ビニールハウスなんぞに入ったんは小学生の時の農業体験かなんか以来や。
中は激アツ。
蒸っし蒸し💦
(熱中症で亡くなる方もおるそうだ。)

4月であの暑さやったら夏どんなんなるんやろ?
考えただけで頭ポォ〜やわ。







これがマンゴーの木。

このちっちゃい実が成長してマンゴーになるねんて〜〜。
凄いねぇ〜。







そしてビニールハウスの端にウエマさんのオアシスを発見。
ここでダラダラと休憩をするらしい。
秘密基地やね。






歩く所に普通に刃物がゴロゴロ転がっとる。
この小さなズサンが彼の会社を潰す要因の一つになったのでは・・・・・。







マンゴー畑から車で5分ほど離れた所に二つ目の畑があった。
ここではシークワーサーを作っているらしい。

このシークワーサー畑も最初は草木がボーボーでウエマさんが一人で木を切り、草を刈ってならしたらしい。
その残骸がこちら。

苦労した過去を思い返し、浸るウエマさん



このウエマさんの畑なんやけど行くときは結構な山道を入っていったから山の中にあると思ってたんやけど畑のすぐ裏に展望台があり、その前は沖縄らしい綺麗なコバルトブルーの海が広がっていた。

展望台から下に降りる事が出来た。

海沿いには祠が沢山あり、神様が祀られていた。
ちょっとジブリっぽい場所やったなぁ〜。


ウエマさんの畑ツアーが終わって食材も買い、ゲストハウスに戻って昼過ぎから夜までバーベキュー


色々と苦労しているウエマさん。
酒と歌とギターが大好きなウエマさん。
毎日太陽の下で働き、夜は歌を歌ってくれるウエマさん。
結構大変な人生にも関わらず何事にも絶望せず、62歳からでも新しい事にチャレンジするウエマさんはホンマに素晴らしい。
(もらいタバコばっかするのがウザイけど。)

オレも頑張らなくちゃな。
最後はそんなウエマさんの歌をどうぞ。

終わり。

バッチャンと茶〜呑んで、自分がジッチャンになるまでの時間の短さを感じた日。

今日はね、なんか沖縄のバッチャンとお茶した。

庭でノンビリ煙草を吸っとったらバッチャンが来て、
「一緒に休憩してしてええ?」
って横に座ってきた。

オレ
「どうぞ、え〜ですよ〜。」

バッチャンは自分が持っとった茶を出して呑んどった。
天気がえ〜事だけをお互いに言い合った後は無言の二人。

なんとなく取ってつけたように無駄な話をしたくなくて、俺も話を振る事もなく、目が合ったらニッコリするだけで二人でボォ〜っと田んぼを見とるだけやった。

数分してバッチャンが、
「電気屋さんにさぁ〜、壊れた冷蔵庫と洗濯機を取りにきてもらいたいんだけどさぁ〜、電気屋さんの番号しっと〜ね?」

オレ、
「お〜、ちと待ってな。」

オレはスマホで名護の電気屋さんの番号を調べて婆ちゃんに教えてあげた。

でも街の電気屋さんなんかが新しいのを買いもしない人の不要な電化製品を持ってってくれるとか神戸では考えられんかったからバッチャンに、
「電気屋さんの番号は合っとる思うけど持ってってくれるかは分からんよ。リサイクルショップとの方がえ〜んじゃない?調べようか?」

婆ちゃん
「電気屋さんがぁ持っていってくれるよぉ〜。」

俺、
「ふ〜ん、ならえ〜けど。今から電気屋さんに持って行ってくれるか確認の電話してみたら?オレが話を聞いてみたろうか?」

婆ちゃん
「後でするからえ〜よ。」

オレ
「へぇ、ほなまぁ・・・ええか」

そっからまた5分くらい二人共無言で、俺はコーヒーと煙草を、バッチャンは茶をシバいとった。

茶を飲み終わったバッチャンは、
「じゃあ、ごちそ〜さん」
っと言って帰っていった。

俺、なんもご馳走してないけど・・・。


でもなんかバッチャンは電気屋の番号を聞きたくて俺の横に座ったって感じはせんかった。
(分からんけどね。)

用もなく、話も殆どせずに、なんとなく一緒の空間に居るだけ。
こんな事、神戸じゃもう無くなったよなぁ〜。

自分が子供の頃、夏とか公園で遊んどって疲れた時にベンチに座って休憩しとったら知らんバッチャンが隣に来て、
「元気ねぇ〜。帽子をかぶらんといかんよぉ〜」
とか言いながら飴ちゃんとかくれたの思い出したなぁ。

オレもあと20年すれば、ジッチャンの仲間入りなんやなぁ。
ヤバい、もっと遊びたいやなぁ〜〜。
切ない事実は現実や。
受け止めつつ、良い人生を!


終わり


沖縄10日目、買い物とバーボン。

お疲れっす、ケン坊です!

沖縄生活10日目だぁ🤤🤤🤤
もう既にまったりムードに染まってしもとって、ゆるーく過ごしとりま。

昨日は沖縄に来てから9日目だったんやけど久っさしぶりに晴れたのよ。
ホヤからね、洗濯。



やっぱね、カァ〜〜〜〜っと晴れたら気持ちえ〜ね。
パン、パン、パン!
ってなもんよ。

夕方からはね、オーナーと一緒に沖縄豆腐を使った湯豆腐パーティーした。

前半はアッサリと島ポン酢で食って呑んでね、後半は麺つゆ放り込んで呑んだわいさ。

あ〜〜、やっぱ沖縄はえ〜ね〜。
農家しながら2年住むとかありやな。

ん?なんて?
呑気なことばっか言うてんと、仕事せんでえ〜んか?って?

え〜〜い、だまれだまれ!
わ〜〜っとるがな!

やる時はやる子ですよ、アチキは💕
かなわんなぁ〜、しかし😘😘😘


そんなしょ〜もないことよりホレ、この写真見ぃ〜て。
うまそやろ!?


途中から他のゲストも参加して、また夜遅くまで飲んだわいさ。

ほんで、今日。
今日はな、買い出しに街まで行く予定やってん。
ホヤから眠たい身体を叩き起こしてな、昼くらいからバイク乗って名護に向かったのよ。
(オレが宿泊しとるんは本部って所で超田舎。名護は軽く都会で距離は原付で40分くらい。)

ちょっと写真がショボくて申し訳ないんやけどね、晴れたら海の綺麗さが際立つよ。

これ、ビーチに見えるけど漁港の横やからね。
漁港の側でこの綺麗さはヤバイね。

ボォ〜っと海見とったら女性の外人さん二人が泳いどった。
久しぶりに英語で話しかけようかと思ったんやけどどこから砂浜に降りるのかわからんかったから断念。

砂浜通り過ぎて買い物に向かったとよ。

オレは沖縄でいうと本部の田舎が好きやけどそっから原付で40分の名護まで来るともう普通に街だわさ。
イオンもガストもMAXバリューもあるし、なんでも揃う。

オレはメガドンキに行きたかったのよ。
流石に沖縄生活10日目にもなると島の食いモンにも慣れて別にカップ麺とかレンジでご飯とかでもよくなってくるわけ。
(金も節約できるしな)


結局の所、飲みもんや食いモンはどこに行ってもその土地に慣れてしまえばいつも通りの神戸で食ったり呑んだりしとるもんで事足りるようになってくる現実・・・。

今、これ書いとる瞬間もオリオンビールじゃなくて「のどごし生」呑んどるし、アテはセブイレの焼き鳥食っとるくらいやからな 笑笑


ほんでもね、新しい試みとして「巻きタバコ」を吸ってみたくなってね。
宿の奥さんが吸っとる。

これまで海外旅でも出会う旅人はかなりの確率で「巻きタバコ」吸ってたんよ。

巻くのが面倒臭いってのがネックなんやけどメチャクチャ安いし、結構美味いのよ。
手巻きで「巻く」って作業もなんか格好え〜やん?

毎回買いに行くのを面倒臭がって結局TRYせずじまいやったんやけど今回の沖縄生活は時間に余裕がありまくるからね、「試してみよう」ってなった訳。

ドンキで購入。

タバコ70本分の葉っぱが660円、フィルターが300円、巻紙(ロール)はタバコに付いとるからタダ。
後、専用の巻き機(ロール)が600円くらい。
(巻き機は一回買ったら5、6年は使えるらしい。)

巻き機(ロール)をどけた料金を計算したら普通のタバコの半額以下やからね、コスパはえ〜よね。





①ロールにフィルターと葉っぱをセット。





②形を整えるために巻紙なしで数回まく。









③横から中の様子をチェックして綺麗に巻けそうな形になる所を探す






④巻紙のツルツルした面を選び接合部にツバをつける




⑤巻紙をロールに差し込んでロールをクルクルと回す。






完成!





後は肺ガンにならない事を祈りつつ吸う。
(アグに指が太ったね💕と言われてから自分の指の佇まいが気になる・・・。)






巻きタバコデビューしたんやけど、思ってたよりも面倒臭くないし味も美味しい。

有りやな。


お目当てのタバコも購入できたし久しぶりに遠出して楽しかった。

行きしは海沿いの道、帰りは山道で帰ってきた。

沖縄は海が綺麗なのは勿論のこと、緑も青々と萌えちょる。
久しぶりにバイクに乗ると写真を撮りたくなったなぁ〜。

今日は相棒の6D マーク2(一眼レフカメラ)を持って行ってなかったから携帯でパシャってたのね。

だからか知らんけど帰ってから写真をチェックした景色はほとんど撮ってなくて、潰れた蕎麦屋や昔ながらの食堂の写真ばっかやった😢

オレ、廃墟オタクなんかな?
廃墟ばっか40枚くらい撮っとった💦





今回はね髪の毛ボッサくれやったんやけど沖縄に来る前に髪の毛を切ってこなかったのよ。
なんかね、島の田舎の床屋に行ってみたいって思っててね。

今日は天気もえ〜し、買い物のついでに散髪屋も行ってきて久しぶりに坊主にした!
スッキリ、スッキリ。
最近は仏教やら儒教やらの本に影響受けとるからね、坊主が格好良く感じる。
え〜気分や。

帰ってきてからゲストハウスの奥さんと一緒にノンビリとタバコ巻きながらバーボン飲んどるから既に結構酔うてしもとる。

今日は19時からヴィッセルの試合があるから今からシャワー浴びて、酒飲みながらサッカー見て、終わったらみんなとまた呑んで終了やな!

良い一日やった!
終わり!

「ウエマさん」の歌。

おす、ケン坊です!

音楽の良さが38歳にして分かりそうな気がしとるでぇ〜。

昨日、今日に出会った人って結構気を使うもんやろ?
でも「音楽」はその薄い関係を一気に凝縮してくれる力あるよな

自分がオッサンになるという事を心の底から嫌がっとるオレなんやけど、「オッサンになってからの良さ」って一瞬だけやけど感じれる瞬間がある。
特に呑んでる時やなぁ〜。

人生山あり谷ありって言うけど、得てして人はそれぞれでシンドイ事の方が多い人生を送る。
実はオレも今、結構シンドイ。
(プログラマ辞めてから次の道が見えん。)


そんな時に助かったり染みたりするのは人生の先輩達の我慢の裏側にある本音の所やったりする。
パッと見「フツーのオッサン」やのに歌とか歌ってもらった時にその人の人生の深い所が一瞬だけにしろ垣間見える事あるよな。

「ウエマさんの歌」が今のオレにはよ〜け染みた

今日はね、沖縄のオッサン「ウエマさん(漢字は知らん)」が主人公。
彼の詳細はよ〜知らんねんけど60歳回ってから農業を始めたらしい。

情報はそれだけやねんけど「歌」、歌いはるねん。
オレのしょうもない相槌と枝豆・酒飲んでる感を出してるのが鬱陶しいけど、


聴いて!


 
一生懸命に歌ってはるやろぉ〜〜。

今日は新規の客がおらんかってん。
オレとウエマさん、二人で飲んだ。


え〜よな〜、旅と出会い。
オレには1番の薬💞
では、おやすみなさ〜い

終わり

「おしり」ボタンは「核」ボタン(食事中の方は注意されたし)

ケン坊です。

今日のテーマは38歳の男の初めてのウォシュレット体験、書いていこう。

昨今の日本では駅や大型ショッピングモールのトイレは当たり前のようにウォシュレットだ。

知り合い達に「なぁなぁ、ババの時ウォシュレット使う派?」と調査を行ったところ意見は分かれた。

当たり前に公衆トイレに配置されているウォシュレットだがケツに当たった温水が反射して噴き出し口に戻る事が考えられる為、次の人が使う時は一度他人のケツから撫で返された温水と吹き出し口から出る新たな水がミックスされた温水がケツの穴に当たる事が予想され、「不潔だ」、「不快に感じる」などの意見から使わないと言う人と、そんな事は気にならないから使うと言う人に分かれた。

「使う」という人の中にはもはやウォシュレットなしのトイレでは「大(💩)」が出来ない為、ウォシュレットが付いていない自社ビルのトイレは使わずに近所のパ◯ンコ屋まで行くという人もいる程だ。

日本にウォシュレットが誕生したのが1960年代でTOTOがアメリカから輸入して販売を開始した。

当時は値段が高額過ぎた事と合わせ、厳かな大便行為の後にケツに水をぶちまけるという行為は非常識ではないか?という日本人の認識も相まって、一般の家庭や公衆トイレに使われる事は少なく、主に病院向けに医療用や福祉施設用に導入されていたということだ。

しかし少しづつではあるが日本人の中にも使う人が増え始め、1969年頃にはアメリカからの輸入だけに頼るのではなく、日本の企業が国産化した物も出回るようになったらしい。

だが相変わらずの値段の高設定が変わらなかった事や、温水の温度が安定しないために火傷を負う利用者もいたらしい。

作家の遠藤周作(誰か知らんけど)からも「一度しか使わない」という論評を書かれるなどしており、1970年代には便器の広告や雑誌や新聞での広告掲載を拒否されたというエピソードも残っている。

それでもTOTOは諦めずに開発を続けた。
元来清潔好きの日本人の間でコレが流行らない訳がないと日々奮闘していたようだ。

TOTOは大きく分けて2種類のウォシュレットの開発に力を尽くしたらしい。

温水貯蔵式でおしり洗浄、お尻乾燥の為の機能である暖房便座機能を持つ「Gシリーズ」(Gの意はゴージャス)と一瞬で水を温水にし、おしり洗浄と暖房便座機能に絞った「Sシリーズ」(Sの意はスタンダード)の2種類がある。

基本モデルは「Gシリーズ」(2009年4月以降は「アプリコットシリーズ」)・「Sシリーズ」の2種類でこれにコンパクトシリーズ(Cαシリーズ等)1993年以降追加されるようになった。

そしていよいよ日本人の間でウォシュレットが大ブレイクする時がやってくる。
1982年、戸川純(誰か知らんけど)を起用したCMが話題を集めた。
「お尻だって洗ってほしい」をキャッチコピーに日本国民の間で大ブレイクした。
(奇しくも1982年はオレの生まれ年だ・・・・。)

こうして大ブレイクを果たしたウォシュレットだが日本人研究者達による研究の手は休められず、数々の新機能が構築された。

反射した水が巻き散らないよう計算し尽くされた最適な角度、43度。
(ビデは53度である)
衛生面を気にする日本人の心をシッカリ、ガッツリと掴む事に成功。

それだけでは飽き足らず、2005年10月には音楽のMP3再生機能が付いた便器が登場。

一時期ウォシュレットは日本中のトイレを「賑やかしい場所」に変えたのだった。

この頃、2005年に日本に来日したマドンナは「日本の暖かい便座が懐かしかった」とコメントを残している。

ウォシュレットは洋式トイレ専用としてアメリカで生まれ、海を渡り日本にやってきた訳だが1996年頃に日本企業はこの機能を和式トイレにも使えないか?と研究を始めた。

研究者達は粉骨砕身、力の限りを尽くしたが残念な事に和式ウォシュレットは温水が極所に命中しなかった。

一応は完成に漕ぎ着けたものの使いにくい事も相まって2003年3月に販売中止となった。

こうしたウォシュレットの歴史をウィキペディアからパクリ、長々と執筆させていただいた訳だが自分自身は長い間「使わない側」に属していた。

しかし時代の流れや使用人口を考えた時、もしかしたらとんでもなく素晴らしい物を使いもせずに見限っているのでは?と考え、約4ヶ月前に自分が務めていたIT企業のトイレ内で人生初めてのウォシュレットを使った「大(💩)」行為を試みてみる事にしたのだ。

結果、自分の思っていたよりもはるかに使い勝手が良く、
感動した。
「なるほど、こういう事か。確かにこっちの方が清潔度が上がる気がするぞ」
そしてコレからは「大(💩)」の時にウォシュレットにお世話になることにしたのだ。


38歳にして初めて垣間見る世界を堪能し、上機嫌も上機嫌。
トイレに行くのが新しい楽しみとなった。

ちなみにオレの好みの強さは4からの5。
ケツに当たった時に飛び散る被害を少し抑えたく思い、最初は5段階の4で噴射させ、極部に当たった後、遠慮なく5までいく。

そこからはおくれよ、おくれよ兵隊さん状態だ。

そうこうする内に早くも2ヶ月あまりが過ぎ去り、ウォシュレット人生にも慣れ始めた頃に事件が起きた。

ある日、机に向かっていつも通りプログラミングをしていたら肛門に違和感。

「ん?なんやコレは。なんかちょっとムズムズするぞぃ。」

そう思いズボンの上からポリっと肛門をひとっかきしてみた。

するとそこからどうも痒みが酷くなる。
「おいおいおいおい、勘弁してくれよ。ケツの穴が痒いなんて恥ずかしい出来事は大人になってから久しいぞ。」

少しづつ、しかし確実に、痒みは酷くなっていった。
どうにも我慢できなくなりトイレに駆け込んだ。

ズボンを下ろし、ティッシュで肛門を強く掻いた。
30回程も掻いただろうか?

「もしかして、もしかして、コレが・・・・・痔?」

「え〜〜〜、最悪や〜〜ん」
最低、最悪、災厄。

オレは何が嫌って下(しも)の病気だけにはなりたくなかったのだ。
病院に行って先生に下(しも)を弄くり回されるのだけは勘弁してもらいたかったのだ。

もう絶望やった。
本気でウォシュレットに刻まれたTOTOの文字を睨みつけた。
いくら痒いと言っても流石に「ケツの痒み」で会社を早退する訳にはいかない。

トイレを出て、自分のデスクに戻り仕事を再開するも2分に1度はケツを片方浮かしてボールペンでポリポリする・・・・。

その日から病院でケツを弄くり回される事ばかりを想像して最悪な気分に陥ってしまう日々が始まった。

毎日毎日痒いんやけど大体もって皮膚系は掻けば掻く程に悪化するもの。
オレはケツの痒みを必死で堪え、なるべく掻かないようにしていたがフッと忘れた頃に無意識に掻いてしまう。
それでも極力掻かない努力を続けた。


毎晩お風呂に入った時だけはシッカリと洗い、それ以外の時は触らない。
そうこうして奇跡の自然治癒に賭けていたのだ。


そして、なんと自然治癒したのだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
どうやら少し被れていたくらいだったようだ。
バンザ〜イ、バンザ〜イ、良かったよ〜〜〜〜😭😭😭


しかし危なかった。
やはり、何でもかんでも流行りに乗るのは危険だ。
っと再認識した新年だった。


オレはこれから先、命尽きるその日までウォシュレットは使わないだろう。

終わり

お釈迦様と、勝負だ〜。

こんっちわ、ケン坊です!


あ〜〜〜〜〜、今年は花見に行ってなイィ〜〜〜〜😭
ってか去年もその前も海外におったから桜を見ながら酒飲んでなイィ〜〜〜。



沖縄の桜の見頃は1月〜2月の中旬までらしく、今年も生の桜は拝めそうにない・・・・。
沖縄生活6日目なんやけどなんか知らん、ほっとんど雨やからずっとゲストハウスで酒呑んでるわぁ〜〜。

朝起きてコーヒー飲んで音楽聞いてギター弾いて昼ごろなったらゲストハウスの奥さんが作る弁当食って午後はまたギター弾くか本読むかダ・ゾーンでサッカー観戦。
(ヴィッセル神戸は例年通り最初だけは中々調子ええ。すぐ順位下がるんやろなぁ〜。でも古橋選手はええね!代表でも出場時間短い中で2得点上げたし!応援しとるで〜!)
夕方なったらゲストハウスのオッサンに誘われるまま酒に溺れる日々。


ギター弾く時間が多いのは神戸に帰ったらライブが決まっとるからだ。
しかも今回は作曲をせにゃいかん。
コレが大変や。


なんせ2時間ほど「ウ〜ン、ウ〜ン」唸りながらどうにか小マシな曲が出来たとしても、次の日に聞いたら全然良くない💦

途端に一人部屋で顔を赤くして、
「こんなヘボい曲を人前で歌うつもりやったんか?恐ろしや恐ろしや」
となる繰り返し。


そんでも若い時よりマシなもんは作れるようになってる感あるなぁ〜。


インディースバンド時代、オレはボーカルやったんやけど作詞・作曲はほぼ全てギタリストがやっていた。
全ての手柄をギタリストに譲りたくなかったオレは曲の所々をちょびっとだけ変えて、
「この曲の編曲はオレも関わっとる!」としょうもないアピールをしていた。

「おう、そーやな。え〜感じやん!」
っと言ってくれるギタリストの存在は有り難かった🤤🤤🤤

唯一オレが完成させた曲といえばなんか自衛隊の歌。

「上官先生はぁ〜♩真顔でこう言ったぁ〜〜♬、死ね〜!死ね〜!死ね死ね死ね死ね死んじまえぇ〜〜!!!」

みたいなクソな歌・・・・。
ライブで一回だけやってみたんやけどホンマに死ぬんちゃうか?言うくらい恥ずかしかったから即お蔵入りにした。

若い頃出来なかった事が出来るようになってる理由は色々あるけど大きく二つの事が関係していると思う。

①格好をつけなくなった。(自分のショボい部分も見せれるようになったし格好つけても格好良〜仕上がりにならへん自分に気付いた)

②何事も一朝一夕では出来ない事を理解できるようになった。

内容もないのに格好つけてるだけのパフォーマンスが一番面白く無いと分かったし、努力なくしてオレが習得できる技術は変顔以外には無いということもわかった。
(変顔も持って生まれたイモい顏の成せる技ということならソレすらも親のおかげか・・・)


若い頃しなかった(出来なかった)事で年齢を重ねてから好きになった事っていっぱいあるけど読書もその一つかな😀


最近めっちゃ本読むようになったにゃ。
(漫画じゃないよ)
「面白い!」と思える内容ってのが条件やけど300ページちょいの本やったら一日(数時間)で読んでまう。


本の種類も色々なもんを読むけど昨日読み終わったのが仏教の本。
(病んどるんか 笑笑)


いやね、病んどるんかどうかは置いといて〜、オレは幽霊とか神様とかってあんま信じない方なのね。


でもね、仏教はちょっと興味あるかも。
仏教って人の道なのよ。
怪しい神様も出てこ〜へん。
仏教の教えのゴールは「心安らかに生きる」って事らしいのね。

人間が苦しむのは生まれてから育っていく過程で自ら体にペタペタ貼り続けとる「欲」のせいらしい。
欲しいもの(金、物、人からの尊敬)みたいなもんを欲しがるし、手に入れたら無くしたくないと考える脳。
コレが人間を不幸にする元らしい。

自分の意思とは関係なく世界は変わり続けるし色々な物の在り方や価値観も変わり続けるもの(ソレを諸行無常って言うらしい)であるから手に入れた物を何もせずに保ち続ける、守り抜くことは不可能だそうだ。

失いたくない心があるから失った時に凹む。
欲しいから手に入れる事が困難な時に凹む。
自分が欲しくて手に入らない物を持ってるアイツが羨ましい。
持って生まれた顔さえ良ければ異性からモテモテやったのに。
お金持ちの家に生まれていればこんな苦労はしなかったのに。

普通、皆んな一回はそんなん考えるよね!
でもそう考えるからシンドくなるんやて。
(そもそも考えない事が無理よな?)

物欲を無くし、見栄も無くし、他人と自分を比べない。
仕事も食べていければなんでも良い。
自分のやりたいことを見つけ、周りの意見にも流されず、真っ直ぐにやる。
そうやって完成させたものに対して、人の好評価を求めない。

ざっくり言うとこんな感じになったら人生は安らかなものになるらしい。

お釈迦様は29歳まで普通の人間やったらしい。
29歳になるまでに結婚もして子供もいたらしいが人生が辛くて辛くてたまらなかったらしい。
「何故に生きることはこんなに苦しいのだろう?」と考え、その答えが欲しくなり29歳で出家して修行を始めた。
そして35歳で「悟り」を開いたとされとる。

・・・・・・。

いや、はや!!!
たった6年でスベサト(全てを悟る)やん!

それは才能ありすぎじゃないか?

プログラマは3年やって一人前になる。
たったその倍でこの世の全てを悟りはるなんて!

恐ろしいお人や、お釈迦さんだけはよ・・・f・。

あ〜〜、また脱線しそうな流れになってきたね。

とにかくや!
オレも少々欲まみれになり過ぎた。
人から見たらオレなどチンカス。
また皆さんから色々と学ばせて頂くと言う謙虚な気持ちをシッカリと取り戻す為、沖縄生活を静かに深い考えと共に過ごそう!

そや、昼飯はスーパー行って食材買ってきて自炊しよ!
カップ麺にしたら楽やけど修行にならん。
女将さんのお弁当も楽で美味しいけど唐揚げ弁当500円でカレーも大盛りにしたら400円もしよるからな。
コレも修行や。
料理すれば食の有難さも感じれそうやしな!
金もケチれるわ。
さぁ〜〜〜、覚悟せ〜よ〜。
ケン坊は悟るで、悟るでぇ〜〜〜〜!!!

終わり

沖縄行くなら本部町がオススメ

ども〜、ケン坊です。
沖縄生活5日目。
毎日知らん人と友達になって酒飲んどるな💦
毎日ベロベロ、翌朝は二日酔い。

オレはそういうの、好きやから満足しとるんやけどね。

今回の沖縄の拠点宿も知り合いの気のえ〜オッチャンがやっとる「ゲストハウス」なんよね。

「ゲストハウス」って知っとる人は知っとるけど意外と知らん日本人も多いんやね?

「ゲストハウスに泊まるの初めてなんです〜」ってお客さんが結構多い。

ゲストハウスっちゅーのは、まぁ民宿みたいなもんよ。
安いけどホテルほど綺麗くもないし静かでもない。
金がない旅人が安い料金で「雨露しのげたらえ〜わ」って感じで泊まる感じ。

オレはこのゲストハウスが好きやでなぁ〜。
夜は宿泊客もスタッフも一緒になって酒飲んで、ギター弾ける奴がギター鳴らして歌って。

海外に長期の旅で出たらあんまりお金の無駄使いが出来んから基本的にはゲストハウスに泊まるんやけど友達もいっぱい出来るし思い出も沢山出来る。

その代わり料金が安いだけあって壁が薄いとかなんとかで隣の部屋からイビキやらエロい声やら聞こえてくるんやけどね 笑笑

今回の沖縄も何度かお世話になってオーナーのオッチャンと仲良くなったもんだから色々と融通を効かせてもらって快適にやっとるわけ。

本土の人間からしたら沖縄って言えばやっぱ綺麗な海とかを期待するよね。

残念ながら沖縄も那覇周辺には綺麗な海はもうないんよね。

南に下るか北に登るか離れ島に行かないと綺麗な海でゆっくりすることは出来ん。
せやからオレはいっつも沖縄に来たら本部町ってとこまで北上する。

ここまで来ると綺麗な海も昔ながらの沖縄人も沢山生活してて本当の沖縄に触れる事が出来る。

那覇空港のバスターミナルから1時間に2、3本の長距離バスが走っとるからソレに乗って2時間半くらいね。

もし本部に来たい人でゲストハウスに泊まりたい人はこのオレが泊まってるゲストハウス「い〜さ〜」がおすすめよ。



値段は季節によって異なるけど一泊2000円〜から3000円くらい。
安い値段でバイクも自転車もレンタル出来るし、シュノーケルとかフィンとかは無料で貸してくれる。

い〜さ〜HP


って事で今日も夜の酒盛りの準備を始めなくては!

終わり

沖縄1ヶ月休暇スタート。

おは、ケン坊っす。

しゃてしゃて、今月2回目の沖縄だにゃ。
今回も神戸空港からにゃ。


3月17日にちょっと用事も兼ねてアグと沖縄に2泊3日行ってきたんやけど、そん時にゲストハウスの知り合いと話しとってね、
「今また無職ですねん!」
て言うたらマスターが「1ヶ月くらいゆっくりしにおいでよ」って言うてくれたこともあってさ、今日(3月29日)から1ヶ月沖縄でゆっくりする事になったのよん。



昨日到着してゲストハウス自慢の唐揚げ弁当食って深夜まで泡盛飲んどった。
さっき起きて沖縄そば喰うた所。





いやぁ〜、何は無くともやっぱり癒されるよねぇ〜。
だだっ広い土地に田んぼと夕日、のどかでノンビリとした地元民達。

オレは沖縄に来たりいつも那覇には留まらず、中部地方の「本部町」ってとこまで来る。
(沖縄の北部の方で那覇からは車ぶっ飛ばしても2時間はかかる)

ここまで来ると観光客も少ないし、地元民が普通に暮らしてる中に溶け込めるからオレは本部LOVEなのだ。







これはオレの三線の師匠であるプロの唄者「SHINBOW」さんの家。
犬はムクさんだ。



30歳超えてから無性にこの古民家に憧れるよなぁ〜。
沖縄の家はこんな家で大体にして庭がある。
師匠はボロボロだった古民家を自分の手で直して住んでいる。
(その道の人ではない。)



ところで、今回の沖縄滞在はホンマに目的がない。
1ヶ月後に神戸に帰ったらライブに出る事とキャンプに行く事しか決まってない。

だからライブの為にギターの練習でもするか。
今回は作曲もしないといけないからな。
でもまぁ時間はたっぷりとあるし、南の暖かい風に吹かれてたら既に移住したい感が湧いてくるくらいに居心地も良いしね。

ゆっくりやるかぁ〜。

終わり。

プログラマ引退して取り敢えずは減量&沖縄へ!!!

プログラマを辞め、一番最初にやりたかった事は、、、

減量だ!!!

コロナ影響で約2年の海外生活に一度ピリオドを打つしかなくなり、去年の6月27日に日本に帰国した。
最後の4ヶ月はセブ島で仕事をしとったんやけどコロナにより早々にロックダウンに突入。

そういった事も関係し体重は高校生の頃と同じ172センチ58キロまで落ちていた。

日本に戻り日本食の旨さから2キロ戻し60キロとなっていたが自分には丁度良い体重をキープ出来ていたのだ。

そして9月。
プログラマになることを決めた日から始まった1日中パソコンと向き合う日々。
頭を使うから頭が疲れる。
甘いもの嫌いだった俺が甘いものを食べる様になった。

月日が流れる事やく半年。
体重を測ってみると、
な、な、なんと!

72キロ〜〜〜〜💦

12キロ増・・・。
急激に太った事により人生初の腰痛が発生。

プログラマを続ける限りパソコンにかじりつく日々は避けられない。
それも致し方なしと自分に言い聞かせていたが、プログラマを辞めた今、この体重はマズイ、しんどい、人生損する!

って事で急激に身体を痛めつけ、締め上げる事にした。

毎日の腹筋&背筋30回、10キロジョギング(激坂あり)、水泳、山登り、カメラを手に単独スナップ写真ツアー、スノボ等をかなり短いスパンで実施。

自分の身体に巻き付く贅肉となまりまくった筋肉に絶望しながら身体を痛めつけている。

若い頃と違い体重の減りが遅い。
関節がうなりを上げる。
風呂が気持ちよすぎる。

ってな感じなんだが走っている時に無茶苦茶キツイのを感じながら思う事がある。
プログラミングの勉強に比べるとなんと楽なことか。

手を振り、足を前に出せば良いだけ。

単純!
わかりやすい!
容易い!
運動後の筋肉痛も身体の気怠さすら心地良い!

そう、俺は今充実している!
ニートに戻ったのだ!


一日中が自由時間!
午前中、起きたら直ぐにコーヒーを飲みながらやりたくてやりたくてウズウズしていたがプログラミングの邪魔と敬遠していたゲーム。
やりたい気持ちをグッと堪えて避けていた二本を速攻で購入。


昼飯には好きなカップ麺や唐揚げ弁当を頬張り、食後のコーヒーを飲みながらギターや三線を弾き、歌を歌うのだ。

気が向いたらカメラを片手に街を散策する。
(まだ明るいうちから立ち飲みで酒を飲む事も)

夕方からは超気が進まないケド走りに出るかプールに泳ぎに。
(1〜2時間程度)

帰ってきたら腹筋背筋をやって早めの風呂に浸かる。
晩飯食ったら酒飲みながらギターを弾くかyoutubeを見る。

たまには深夜に出発して次の日の夜まで1日かけてスノボに行く。

この繰り返しだ。

もうすぐ39歳になるというのにそんなんで大丈夫?って声が聞こえてきそうだが、

そんなもんは知らん!!!

不安じゃないか?って。
不安だヨォ〜〜〜〜🤢🤢🤢

でもね、「俺は出来る子の筈だから」って意味不明の自信が込み上げてくる。
コレは俺の才能だよなぁ〜😆😆😆

シンドイ時や悩みがある時期にいつも思うことがある。

「このシンドさは最高の人生を送る運命にある俺の最高人生の為のスパイスであり、序章にしか過ぎない。」

ブハハ!
序章いつ終わんねん!?
スパイスも効きすぎてシンドイ味しかせんよ〜になっとるがな 笑笑
神さ〜ん、なかなか焦らすや〜〜ん!
渋るのもえ〜けどもうじき40歳なるで〜!
ってなモンよ😆


まぁ先はなんも決まってないけど取り敢えずは楽しまないとねぇ〜って事で前から始めたかったキャンプでも始めるか!って事でテントと寝袋を購入したよ。


こいつらはさぁ〜、「ハンドック」ってメーカーの奴なんやけど超おすすめやぜ!
日本人の身体に合わせて作られとる事で有名なmont-bellってあるやん?
アレってパタゴニアとかに比べたらかなり安いし使いやすいんやけどそれでも御高い。
大阪のmont-bellに行ってビックリ!
安いのでテント3万後半からで寝袋も2万くらいから。

うっわ、キャンプに最低限必要な寝袋&テントだけで5万円いくや〜ん!って思っててん。

ほんで「一緒にキャンプ始めよっか〜」って言うてたツレに相談したらそのツレがこの「ハンドック」教えてくれてん!

本格的なキャンプに使えるって事で芸人のヒロシさんとかも使ってるらしい。

お値段なんとテントが8600円(Amazonプライム会員なら。一般でも10500円)で寝袋が3700円。
寝袋の下に敷くマットが1700円。

合計で15000円くらいよ!

開封してみた感想はマットはちとショボイけど寝袋とテントはメチャ快適で頑丈そう!

キャンプ始めたい人は是非ともチェックだぜ!

ちょっと急やねんけど仕事辞めてまた時間出来たから沖縄に行ってきたんよ。
向こうのゲストハウスやってる知り合いと話してて「ちょっと間遊びにおいでよ」って言ってくれたから沖縄に1ヶ月くらい行ってくる。

ブログは沖縄の事が主体になると思うけど自由時間だけはたっぷりあるからまたブログの連載のスパンは短く出来そう!

ほなまた書くね!

面白く、無き人生を面白く!

終わり

プログラミングを投げ捨てた!

おいっすケン坊っす、久しぶりだにゃ。

最近バタバタしててね、また今日から書き始めるわさぁ〜〜。

久しぶりの記事のテーマは「飽きたら潔く辞めるが俺の人生」って感じでいこかな。

ジャンジャカジャンジャンジャ〜ン📯
取り敢えず会社を辞めたよ😀
パチパチパチパチ👏



ぜ〜ンぶで、半年くらいかな。
真剣にやったし、本気で勉強もしてプログラミングってなんなのか分かったし、出来るようにもなった。

続ければこんな俺でもフリーランスのプログラマになれるって事も分かった。

ウェブサイトやアプリってあんな風に作られてたんやね!


いやぁ〜、濃い〜濃い〜、長かったような、あっという間だったような、ふし〜ぎな時間やったなぁ〜。


英語留学を含めて考えても遥かに超える勉強量やったぜ!
そして、短いサラリーマン人生を終わらせた。
さらば安定の日々。
久しぶり!不安定な日々。


一応ね、会社に入る時から決めてた決め事があって。

どれだけ面白くなくてもそれなりに業務(プログラミング)がこなせるようになるまでは続ける!
って事をね。


約半年間、最初の3ヶ月間は毎日10時間くらい勉強して、4ヶ月目から案件(仕事)にも加わった。

3ヶ月、死に物狂いで勉強しただけあって一人でもググりながらそれなりに処理を組んで仕事が出来るようになってた。

「これがプログラマの世界かぁ〜。」ってトコまで行った。
3ヶ月勉強して2ヶ月ちょい実務に入った。

そして思った事は、

「おや?プログラミンって俺の性分に合ってないんや。」やった。




休憩時間に周りのエンジニア達が話す内容は90%プログラミングの話。
寝てる時と喰ってる時以外はプログラミングやって当たり前でしょ?的な雰囲気。

いやぁ〜、休憩中くらいもっと楽しい話しない?
キャンプとか、音楽とか、女の話とかよぉ〜!

その辺の体質も会社にあってなかったなぁ〜。


勉強して出来るようになった所はメッチャ褒めてくれる。
「河井さん、理解が早い。最初からAPIの処理って結構高い壁なんですよ。」

「河井さんの書くコードは綺麗で読みやすいです」

「河井さんメッチャ伸びてますよ!」

「エンジニアっぽくなって来ましたね」

メッチャ褒めてくれるねんけどね、イマイチ嬉しくない。


「そら、まぁ〜あれだけ勉強したらなぁ〜。」


システム開発ってのはその名の通り開発するのが仕事で、お客さんの会社であったりお店であったりで使うアプリやウェブサイトを開発するのがお仕事だ。

有名な予備校の学習アプリやテストアプリの開発、ワールドワイドな石油会社の危険予測装置とビーコンを使ってのポジション把握をするアプリ。

そんな物を作ってたんやけど、先輩エンジニアが目をキラキラさせながら仕事してるのを見て俺が思ったことは、

「何がそんなに面白いんやろう?」
やった。

苦労して自分が作ったページをブラウザから見てもなんや堅そうなサイトで全然面白くない。感動もせん。

自分が面白くないと思うものを作る為に毎日毎日パソコンに向かって一日中ググってコーディングして家に帰ってもパソコン開いて、週末もプログラミングのことが頭から離れずに俺にとって一番大事な「遊び」に集中出来ない。


でも時間が経つのは恐ろしいほど早い。


アッカ〜〜ん、プログラマやってたらホンマにやりたい事が出来ひんまま一生終わってまう!
俺らしさを捨て去り安定を取る?それとも・・・。

って思って結果、辞めた

半年やって分かった事は、プログラマは誰でもなれる!って事と俺には合ってなかったって事やね。


プログラマはね、努力すればホンマに誰でもなれる。
一年も現場で仕事すればかなり戦力になる。
もう後2年(計3年で)頑張ればお客さんとの打ち合わせから始まりデータベース設計、見た目を作るフロントの仕事、裏でデータ処理をするバックエンド(プログラミング)、完成させた仕事の保守(手直し)まで一人でやれる様になり、フリーランスになれる。

なんでも調べる癖と一日中グーグルの中を彷徨う覚悟があれば・・・・ね。


パソコンとか好きで、ズゥ〜〜っとググり続けるのが苦じゃなく、凄いスピードで進化を続けるIT技術自体に興味が沸く人なら一生楽しんで出来そう。

実際はそうじゃない人の方が多い印象やね。
そういう人達はマネージメントの方に流れていく。


そうでない人も3年も頑張って勉強すればマネジメント出来るようになるからお金や人生の安定を一番に求めたい人には良い道だと思ったよ。


ホンマに年齢もあんまり関係ないと思う。

俺と同時入社した人は47歳やけど猛勉強を続けてて既に結構活躍出来る様になってるからね。

俺は基本的に最初の3ヶ月の勉強は独学でやった。
10数冊の本を勉強した。

でも後になって必要だったのは取り敢えず5冊やったなぁ〜。
この五冊を全部理解したら取り敢えず少し戦力になれるはず。
5冊も!?って思う人もおるかもね。

重複しとる内容もあるからホンマのホンマの最低限しかやりたくないって人(全員そうか 笑笑)は②、④、⑤だけでもいけると思う。


面倒臭そうに思えるけど難しい事は全っ然なくて、5冊中4冊は実際にパソコンを触りながらの教科書やから面白かったよ!


プログラミングってなんぞや?って教科書を一冊とPHPって言語の教科書を3冊、PHPのフレームワーク「Laravel」って奴の教科書を一冊。


➀「プログラミング入門講座」
プログラミングとはなんぞや?って本。
実践的な事はほぼ書いてないよ!



➁「いきなり はじめるPHP」
仕事が沢山転がってる割には意外と習得している人が少ない簡単なプログラミング言語「PHP言語」の超わかりやすい入門書

➂「確かな力が身につくPHP」
PHPの中級編



④「気づけば プロ並みPHP」(これくらいから難しくなる)
PHP中級〜上級編




⑤「PHPフレームワークLaravel入門」
勉強したPHPをもっと簡単に、効率的にする為のフレームワークの教科書がコレ。
やっとPHPが分かってきた新人に新たに重くのしかかるのがこのLaravel。
最初は「PHPと書き方が全然違うじゃないか!」と感じると思うけど分かってくるとPHP勉強の延長線上にこいつがある意味と必要性がよく分かってくる。



厳密に言えばコレらの勉強と「Git」って共同開発に便利なツールやAPIの勉強、仮装PCみたいなもんを自分のPCの中に作る「docker」やアマゾンのサービス「AWS」とかの勉強も絡んでくる。

毎日8時間、半年やれば全部わかる様になる。
書いてて思ったけど俺ようコレだけの勉強やったな 笑笑


ネットではプログラミングスクールに通え!って記事をよく見るけど独学でもいけない事は無いと思ったね。

プログラマになりたい人は今の仕事を続けながらでも毎日2時間と週末は3時間の勉強を一年も続ける事が出来るなら一年後にエンジニアの卵には慣れる。

仕事しながらプログラミングの勉強ってのは相当にタフなタスクだとは思うけど・・・。

俺はここまでやってある程度プログラミングが出来る様になってから辞める事を決めた。

なんでもそ〜だけどある程度出来る様になるまでソレが良いのか悪いのか分からんもんな。
出来る様になってきてから「俺には合ってない」って結果が出た。

この勉強時間も無駄じゃ無いと思う。
アレだけの勉強をした後だからギターの勉強とかキャンプの勉強とか楽勝すぎるし楽しすぎる!



ってなワケで38歳のオッサン、39歳を目前に控え無職に戻る!
って感じよ!

さぁ〜、次は何しよかな。
なんかね、昔やってた呑み屋のお客さんが偉いさんになっててね、
「ケンゴ君やったら即戦力になるから即採用できるよ!」って言ってくれてるねん。

仕事の内容がハローワークと組んで障害者の方の就職サポートの仕事なんやて。

ギャハハ、その仕事に関してなんで俺が即戦力やねん!?
オモロイ兄ちゃんやで!

後は友達の弟が長距離トラックの会社を立ち上げたらしくて、長距離トラックってのも熱いよなぁ〜〜。

そうは言うても「学び」を持続してない能力は下がってしまう。
英語力もカッスカスになってしもてるし、人生エゲツない事になってきそうやで。

取り敢えず久しぶりにライブやりたいからギターやってる友達と飲みに行ってくるぜ!

最後に、
この前オカンとコーヒー飲んどったらオカンが、
「お母さん、なんでもやってみるねんけどスグ飽きてまうから嫌やわぁ〜」やって。

俺の親父も爺ちゃんも凝り性で一回決めたらやり通す感じやのに俺はなんで飽き性なんやろぉ〜?思ててん・・・。

犯人はアンタやったんかぁ〜!

終わり