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39歳、元プログラマ「運び屋になる」

おっす、ケン坊です!

久しぶりやね!

前の投稿でも載っけてたんやけどオレは今「運び屋」をやってる!


昔から運搬系の仕事は漁師と並んでやりたかった仕事なんやけどやってみると面白い!!!

月曜〜金曜まで毎日ある程度きまったルートへのパンの配達なんやけどかなりの筋トレになる。
(パンの配達ってのが可愛いでしょ!)

この5月で39歳になったオレは軽い肥満体型だ。

プログラミングをやってた時の贅肉の貯金は中々にしぶとい。
(毎日ドーナツやらチョコやらバクバク食いながらのデスクワークやったからな)

が、しかしだ。
この仕事はめっちゃ汗をかく。

普通に配達してても汗かきまくるんやけどオレはあえて走っている。

この仕事を選んだ理由として一番でかいのが生涯最後になるであろうダイエットの為だ。

オレの感覚はやっぱり冴えていた。
39歳でも体力を戻して筋肉をつけることがどれだけ大変か!

これ、40代中盤になったら間違いなく積みゲーやわ。

そう、短期でやるつもりの運び屋なんやけどこの夏だけで15キロ落とすことを目標としてやっている。

今のオレの体重が72キロほど(172センチ)やから57キロになる計算だ。

この57キロはオレの高校生の頃の体重。

ちょっと遠すぎる目標かもしれんけどそのくらいに設定しといて丁度え〜くらいやと思う。


運び屋やりながらギターをつまぶく39歳。
新曲を2、3曲作って相方とライブに出ないといかんからな。

コロナで中々街が賑やかに並んけど、いつかは人の流れも戻るからな!
その時のために音楽、運び屋、また音楽や!
味があってえ〜生活や。
(配達の給料はゲロやけどな 笑笑)

ルートにも慣れたから「エレカシ」を大音量でかけながら街を疾走しとるゼィ!

みんなも無理せずに、でも目標は立ててな。
お互いに楽しい人生を生きようぜぃ!


終わり

38歳無職、就活のメールに「笑笑」入れたら落ちた。

おはおは、ケン坊っす!

肌も治り今日は久々にアルコールを体に入れたぜよ!
久々に呑んだ酒の量はビール350ml二本と泡盛ロックを4杯ほど。

酔うね、久々は!
いやぁ〜、美味かった!

そんでねー、プログラマを辞めてなにしょっかな?って話の続きなんやけど前の記事で沖縄移住って書いたけどそれはコロナが明けるまではなんとも言えんから取り敢えずは繋ぎでなんか働こうと思っての、かの有名なインディードに登録したよ!

オレはケチな性格やからよ、どうせやるなら次に繋がる資格が取れる仕事であったり、経験値を積める仕事がえ〜訳よ。

だからパソコンの能力をもうちょっと上げるか!って事でパソコンを使う仕事を探したんやけど中々ないね。
(経験5年以上とかばっか屋根。そらそ〜だ)

じゃあ、給料安くてもえ〜から資格を取れて週休2日で16万も手取りで稼げたらえ〜や!って感じでインディードのサイトを見てたのよ。





取り敢えずはドライバーの仕事やね。

前の記事からずっとドライバーの仕事をしたいって書いてきたんやけど理由は一人で出来るって事とオレは車の運転が好きって理由から。


見てたらね、結構ある。(運転の仕事)

大型は持ってないから出来たら長距離とかやりながら大型の免許とかフォークリフトの免許を会社持ちで取得させてくれるとこがえ〜な〜とかって思っとった。

結構ある・・・。
ネット社会とは言え、商品を届けるのを任せるほどのAIはまだ出来てないからね、運ぶのは人ってことね。

給料いきなり50万〜80万とかある・・・・。
98%ブラックでしょ!?って思ってまうよな。
(運転だけで80万も貰えるんやったらブラックでもえ〜けどな 笑笑)
そこも応募はかけといた。(結局お金に釣られる時も多々あるよね)

他は軽トラでアマゾンとか楽天の商品を運ぶ会社?

多分、ネット販売が主流になり過ぎてて佐川とかクロネコヤマトとかだけじゃ追いついてないんやろな。

インディードはネット上で履歴書を作ることが出来て、それを使いまわせるねん。

片っ端からその履歴書使ってドライバー急募に応募してたらある介護施設から返信があった。


介護施設から、
「2、3質問があります。お住いはどちらですか?資格はありますか?」
ってメールが来た。

正直に答えた。

「資格というものは持ち合わせてないです。」


付け加えたのが、
「プログラミング言語php、Laravelの基礎。普通免許、普通自動二輪免許、英語(日常会話程度)くらいで趣味で沖縄三線とギター。この程度です。如何でしょう?」
って送った。


すると返信が返ってきた。

介護施設、
「介護に興味はありますか?子供達にプログラミングを教えること出来ます?」


オレの回答、
「返信ありがとうございます。

まず、私が間違えて応募したかもしれませんが、ドライバーの募集ではありませんでしたでしょうか?

ドライバー業をメインとして、空いた時間に「子供達にプログラミングを教える」ならば挑戦してみたいかもしれません。

そのことについての懸念
①プログラミングは面白いと思う子とそうでない子に分かれる事が予想されます。

②パソコンがいります。

プログラミングよりはhtmlやcssと言うマークアップ言語を教えてあげる方が面白いと思うのですが私自身がそちらは勉強不足な物ですから「教える」というよりも僕も一緒に勉強する形になると思います。

話は変わってしまうかも知れませんがギターや沖縄三線をやっています。

そちらを子供達と楽しむという事ならプログラミングを教える事よりも出来そうな気がします。

運転がしたいですが…。」

介護施設、
「応募職種が、送迎ドライバーと一般事務の両方になっていたので、マルチな能力をお持ちの方と推察したのですが・・・。見当違いでした?」


オレの回答、
「マルチではないと思います 笑笑。

初めての仕事環境なので能力的にどのくらい出来るのか、自分に合っているのかはやってみないと分かりません。

運転なら取り敢えず20年無事故でやっておりますのでなんとかなると思いドライバーの職を探しておりました。

介護職につきましては右も左も分かりわせんのでなんとも言えないと言うのが正直な所です。」



返信なし・・・・。

「笑笑」がアカンかったんかな? 笑笑


でもさ、向こうさんの「見当違いでしたか?」も地味に面白い。
2、3回のメール交換でなんの「見当」を立てたんだろうか?

っとか屁理屈をこねて就活をしてるケン坊です。

後は3、4社送っとるから同じ感じで受け答えして全部あかんかったらちょっとは嘘をついた話し方をしてみるか・・・?

くだらん面接指導書に出てくるようなメールの打ち方・・・。

うわ、ゲェ〜出そう。
自分を偽らないと生きていけないのかね、この国は?

終わり

中華街の飯よりもAJINOMOTOの冷凍餃子の方が美味かった件

おっす、沖縄でヘルペスが悪化して一度は治り、神戸に帰ってから謎の肌荒れが超悪化して顔と首にブツブツが出来まくり、やっとこさ治りかけてるケン坊っす。

いや!ホンマに肌のトラブルは怖いな。
こんなん初めてやったけど真剣に面食らったわ!
今でも原因が分からんからな。

そんな最強ブツブツもようやく治ってきたから今日はアグとカメラを持って神戸の南京町に散歩に行ってきたよ。




神戸の中華街の「南京町」は結構有名やけど横浜の中華街みたいにおっきくはない。

基本的には南京町は食べ歩きながら中華街を見て楽しむって感じ。

地元やから別に頻繁に行くとこでもないんやけど、まぁせっかく来たからって事で食べ歩きスタート。
肌荒れの事を気遣ってビールはノンアルに変えたけどノンアルでも1350ml呑。
(最近のノンアルはレベル上がってるよねぇ〜)


若い時は美味い美味いと食べ歩いてたけどオッサンになってから食ってみたら大した事ないなぁ〜。
しょうみ写真撮るんも忘れたわ。

現在の神戸はコロナもまだまだ酷いから人が多かったら南京町に入るのは辞めとこか的なノリやったけど流石にガラガラやった






特に盛り上がる散歩でもなかったけど、まぁ平和にテクテク歩いて良い運動になったし、アグも楽しそうに写真撮ってた。
オレの肌荒れもだいぶ治ってきてるからヨシとしようって感じの1日やったね。



帰ってからミスド食ってギター弾いたりゲームしてたんやけど夜中になって腹が減ったから南京町の餃子の10倍は美味いやろ!っていうAJINOMOTOの冷凍餃子と貰いもんの小籠包を焼いてコロチキのネタ見ながら食した。

肌のことを考慮してノンアル。南京町でもノンアル飲んだ。



今日はこんな感じでフラフラと過ごしただけやけど一応インディードから介護施設のドライバーの仕事に応募しといた。

決まればちょっとまドライバーやね。

寝よ。

終わり。

また、馬鹿な行動で沖縄移住が降って湧いた

おはっす、ケン坊っす。

今日は「バカに生きてるように見えてバカな行動が一番結果を出す」って事について書いていこう。

ようやく沖縄1ヶ月生活を終え神戸に帰ってきた!

プログラマを辞めてこれからどう生きるか?何をしながら歳を重ねていくか?をボォ〜ッと考える為に沖縄に1ヶ月行ってきた訳なんやけど。

ポンっと沖縄移住の話が持ち上がった。
ゲストハウスのオーナーから声をかけられたのだ。


2年ほど前から付き合いをしてるゲストハウスのオーナー夫婦。
彼らは九州の熊本出身の夫婦で旦那さんは60歳で奥さんは48歳だ。

旦那さんの方はあの世界の「HONDA」の元役員さん。
かなりの高給取りで自分の管轄の部下は2000人を超える超大所帯の大将をやってた訳なんやけど身体を悪くしてHONDAを辞めたという事だ。
(HONDAは最後まで面倒を見ると言ってくれたそうだが本人がそんな形で残って高給を取り続けるのは部下達に悪いという事で自主退社したらしい)

第2の人生として南の島でゲストハウス経営を7年前から始められた。

一方奥さんの方は熊本時代にひょんな事から唐揚げ屋さんを開業し、偶然テレビで取り上げられた事もあり熊本で大フィーバー。
本来なら大喜びの筈だが「あんな忙しいのは二度とごめんだ」という理由でそれからのテレビ出演は断っているらしい。

そして現在は旦那さんがゲストハウスを、奥さんはそのゲストハウスのオフィス兼キッチンでゲストハウスの食堂も兼ねた「唐揚げ屋さん」をやっている。
(沖縄本部町でもフィーバーしていて結局は毎日忙しそうだ。)


そんな夫婦と毎晩ゲストハウスのテラスで毎晩色んな話をした。

コロナが終わったらまた嫁のアグと海外に戻る可能性があることや、プログラミングは趣味で続けたいこと。
コロナが収まるまでは神戸でドライバーでもやって食い繋ごうか・・・etc。

そんな話をする中でオーナーから意外な提案が。

内容は「沖縄の名護市で唐揚げ屋をやらないか?」ということだった。

奥さんの唐揚げ屋は熊本と沖縄の本部町で大ヒットしている。
だからと言って名護市(北部最後の都会)で当たるとは限らないが二つの街で成功させていることから可能性が低すぎるということはないだろう。

店の形態はオレがオーナーなのか彼の店の雇われ店長としてやるのか詳しい話は詰めていないがどちらにせよやったとして5年も6年もずっとその唐揚げ屋をやる可能性は限りなく低いということは伝えた。

でも話としては今のオレ達夫婦にとって悪くはない。

プログラミングや音楽をやるにしてもノンビリとした安い海外の国でやりたいな、「日本なら田舎の方でひっそり二年ほど生活してみたいね」とアグと話していた事もあり、降ってわいた沖縄移住ではあるが充分に視野に入った。

コロナがいつどうなるかはまだ分からない。
コロナが落ち着いた時にオーナーにまだその気があり、自分も神戸で何も始めていなければGOということにしときましょうか?
という所でこの話は落ち着いた。


さてここで今日の本題やけども、オレは若い頃から計画性があまりなく、大雑把に「こっちに行ったら面白そう」で人生を進めてきた。

高校の頃に「ろくでなしブルース」に憧れてヤンキーになり、数え切れないほど他校生にボコボコに殴られた。

痛いのはもう嫌だって時に一本のミュージックビデオに出会った。
イギリスのパンクバンド「セックス・ピストルズ」のミュージックビデオ。
(ピストルズは演奏はクソ下手なんやけどなんせムチャクチャなライブをしたり私生活がぶっ飛んでいたりでカリスマ性だけで売れたようなバンドだ。)

ヤンキーを続けても喧嘩が弱くて根性がないオレはヒーローにはなれないが、ピストルズのように「ライブでムチャクチャやるくらいなら出来るな」という事でバンドを組み、3年後に全国でアルバムを一枚発売することができた。
一緒にライブしていたのはまだ売れていなかった時代のマキシマムザホルモンやサンボマスター、スタンスパンクス、ガガガspなどだ。
(当時は2、300人のお客さんの前でライブするのが普通だったし3000人程の前で演奏した事もある)

ヤンキーをやって殴られることに慣れたからこそムチャクチャな発想でムチャクチャなバンドが組めたし、大勢の前で演奏するという得難い経験も出来た。

そのせいでプライドだけが高くなり、バンドを解散後に生きていくために働かないといけなくなった時もそのプライドがオレを最短で社長に押し上げた。

23歳で働き始め、26歳でオーナーになり27歳の頃には年収1000万越えも達成できた。

このまま店舗を増やし、失敗と成功を繰り返しながら少しづつ大金持ちを目指す道もあったと思う。

でもオレは上手くいってる店を店長に売り、全てを現金と株に変え、海外に飛び出した。

全ては「人生にドキドキを!」の精神の為に。

36歳で英語を学びにフィリピンに留学。
その後、嫁のアグと世界旅行に飛び出した。

コロナが始まり旅の中断を余儀なくされ日本に帰国か?という感じになってしまったのだが、留学したフィリピンの英語学校の校長に誘われていた事もあり、オレだけセブ島で働くことになった。

そのお陰で海外で英語を使って働くという経験が出来たし、小さな夢だった「海でジンベイザメと一緒に泳ぐ!」という経験も出来た。


そんな経験が出来たのも36歳の英語未経験のオッサンが仕事辞めて海外留学って馬鹿な行動に出なければ一切なかった経験だ。

36歳の6月、全く英語が話せなかった自分が3ヶ月後の9月には「世界の車窓から」に出てたマレーシア鉄道の寝台列車に乗りながら外人と英語で話しながら酒を飲んでいる。

たったの3ヶ月で英語の日常会話が出来るようになったもんだから「あれ?何で今オレ英語話せてんやろ?」って何回思ったことか。

あの素敵な経験はオレの人生のポジティブな経験の中でもベスト5に入ると思うな。


たったの3ヶ月勉強しただけで外国人と朝まで飲めるようになったという実績が学校の校長の評価を生み、絶望の帰国という道しかなかった所から海外で働くという道が生まれたのだ。
(とはいえガリ勉したのは最初の1ヶ月だけで、残りの2ヶ月は教師と管理人をほぼ毎日誘い一緒に酒を呑んで英語力を伸ばした。)

しかしだ!
コロナの威力は凄まじく、セブ校にも遂に生徒がいなくなりフィリピン自体がコロナにより危なくなった。

セブで働いていた日本人が亡くなり、いよいよ帰国をするしかなくなり遂には帰国した。

帰国したのは良いが、英語の勉強以外に特にやりたい事もなく、取り敢えずは親友のBARの手伝いを始めた。

でもオレはバーテンダーになりたかった訳ではなくyoutubeや新しい企画・英語を使った試みをそのBARから発信したかったのだ。

その辺の事情から親友とは合わず4日でバーテンダーを終了。
(合わないと思ったら速攻で辞めるのが一つのオレのスタイルだ)

親友のBARを辞める最後の日に別の知り合いが来店。

彼は人の足りてないIT企業に未経験から入社するという。

オレが働いていたフィリピンの英語学校にはITのコースもあり、そのコースの生徒数人とも友達になってたオレはプログラミングとはなんぞや?という話も聞いていて少し興味を持ち始めていた時だった。


人が足りてないというその会社に直接連絡を取り面接してもらい採用された。
38歳にして未経験からプログラミングを始めることになった。

このIT業界も飲食店オーナーを辞めて世界に飛び出さなければ入っていない世界だ。

3ヶ月間、毎日10時間以上プログラミングの勉強をして、PHPというバックエンドのプログラミング言語とPHPのフレームワーク「Laravel」を一通り終わらせ2ヶ月半は案件にも参加した。

PHP言語だけ出来ても仕事にはならない。
共同開発する上で勉強しないといけないアプリやツールは沢山あったがそれらも死ぬ気で勉強し、3ヶ月の勉強の成果を全て放り込んでなんとか業務をこなせるようになっていった。

そこまで行ってからから考え、一つの答えが出たのだ。
「この作業を一生続けるのはオレにとっては人生を無駄にする事になりそうだ」と。

そう思ったオレはアッサリと会社を辞めた。
アグとオレのオカンと3人で近所のお好み焼き屋でモダン焼きを食いながら辞める旨を社長にLINEで伝えた。

パッと見、誰が見ても順調にエンジニアになっていっているオレが急に辞めるという事で社長の驚きも凄かったみたいだし、会社ではオレが辞めた後に緊急ミーティングが行われたらしい。

一応キリが良いところで抜けたつもりだったんやけどオレの教育係やった気の良い先輩はどこか教え方に問題があったのではないか?と疑われたみたいだ。

彼は優しさと強さと粘り強さを兼ね備えた最高の男やったから彼には悪い事をしたなと感じたな・・・・。

プログラマを辞めるに際して何も葛藤がなかった訳ではない。
IT業界の仕事の需要はマジで半端ない。

勉強を続ければ食いっぱぐれることはないだろう。
IT業界の進化は速いが、一つの言語を極めれば他の言語に使える応用もかなり多い。

最初の勉強は大変だが2、3年もすればドンドン勉強も楽になっていくらしいし、仕事もうなぎ登りに増えていくとベテランエンジニア達は言っていた。

オレはあの5ヶ月半の勉強の後、更に2年半あのペースで勉強をなければいけない雰囲気のあの会社を辞めたかっただけなのかもしれない。

会社を辞めて沖縄に行ってからもたまにプログラミングして遊んでたら楽しいとも感じる。

仕事はなんか違う事をやるとして、プログラミングも音楽に次ぐ趣味として続ければ良いじゃないかと思った。

オレの経験上、楽しみながら続けたものの成長は早い。
もし、気付けばプログラミングの仕事も副業でやれるようになっていたらそれはそれで良いじゃないか、くらいに思うようになった。

って事で取り敢えずは違う仕事を繋ぎでやろうか?って時に沖縄移住の話だったわけ。

これまで特に計画性もなく、プライドと「行って来い」だけで歩んできた人生だが、途中にやってきたことの一つでも抜けていたら今の自分にはなっていなかった。

人の人生にとやかく言うなどと無粋な真似だけは避けたいところだが、「人生を変えたいけどなんか怖いなぁ〜」って思ってる人はやってみたら良〜んじゃないのかなぁ〜と思う。

居酒屋やBARで「何か今と違う事をやるつもりやねん」と言ってるだけで何の行動も起こしていないとすれば、何も起こらないことは確かだ。


副業で株とかFXとかも面白いと思う。

勉強は大変やし9割が敗者になると言われてるけどオレの知り合いは月の平均で20〜30万稼ぎながらBARを遊び感覚で経営してる人もいる。

オレはその人のことをスゲェ〜とは思わない。
何故ならオレは知っているから。
勉強さえ続ければシッカリと形になっていく事実を。

一番難しいのは最初の一歩を踏み出す事だけなんやなぁ〜。
それが一番怖くて難しいのは今のオレも一緒やし。

面白くなき人生を面白くするのは周りの声を無視し、最初の一歩を踏み出し続ける事なんやろなぁ〜。

ある3本の映画と、人生初のヘルペス

ハロー、ケン坊です


初めてヘルペスたらいうもんに侵されてしもた!

ヘルペスちゅ〜もんは中々にファックやな!

しかも普通の?皆が良くなるヘルペスは口の周りにできるヘルペスが一般的らしーやん!?
オレのは顔全体に広がりやがった!

いやぁ〜、こんなに顔に違和感を感じるのは中三〜高一の頃に出来たニキビ以来やわ!

なんや懐かしいな🤤

fuck!fuck!fuck!!!



これまで生きてきて周りの知り合いが、

「最悪〜〜、ヘルペス出来てもた〜〜😭」

っとか言ってんの何回も聞いてきたけど、正直オレにはその辛さがわからんかった!


が、晴れてヘルペス感染者になったオレは堂々と言える。
ヘルペス、エグ過ぎて 草!

痒いから眠れん。

薬を塗りたぐらないかんから一日中顔面がベットベト。

誰かに移したらいかんからタオルとか分けて洗わにゃいかん。

しかも肌を清潔に保たないかんっちゅ〜事やから朝と夜と二回シャワー浴びにゃいかん。
(一気に洗濯回数が倍になりやがった。)

やらなあかん事とかやりたい事あっても痒いから集中出来ん。
こりゃ、真面目にお手上げザンス🤷‍♂️

痒いのが続くと寝れんから身体的にもテンション的にも最悪。

肌の悩みはホンマに辛いなぁ〜。
オレも子供の頃は軽いアトピーがあったらしいけど自分ではあんま覚えてない。

世の中のアトピーの人はホンマに大変や。
AIの技術が進歩する中、コロナもそうやけど薬業界も頑張って欲し〜もんですなぁ〜。

一昨日の夜はあまりに痒くて眠れんくて辛かったからオレより大変な目にあってる人を見て少しでも気が紛れんかな?っていうゴミ人間感をいかんなく発揮。

ネットフリックスで「実話」で調べたら大変な事件に巻き込まれた人達の映画がいくつか出てきた。




二本も見てしまった・・・。

一つ目
「海底47m」って海のやつ。



アメリカ人(やと思う)の2人姉妹がメキシコに旅行に行く。
そこで姉の方が実は彼氏に振られていたと妹に告げる。

妹は姉を励まそうとパーティーに誘う。
そこで出会った男達がある遊びに姉妹を誘う。

その遊びとはゲージに入ってサメをおびき寄せ鑑賞するという遊び。
(超格安やけど非合法)

普段ならそんな危ないことには手を出さない姉だが彼氏に振られた理由が「つまらない女」という事もあり、
「サメと近距離で写真を撮り、元彼に送りつければ彼の気が変わるかも?」
という妹の頭のおかしい案に乗ってしまう。

いざ船に乗り込むと船もケージも使い古されたオンボロ。
姉はやはり「辞めよう」と妹に言うが、アホの妹はテンションMAX。

結局妹のオシに負けてしまい2人はケージに入り、サメがウヨウヨいる海に放り出されてしまう。

後は皆んなの想像通り鎖が切れて47m下まで真っ逆さま。

40m付近まで泳いで上がれば上の船と連絡がつくのだがゲージを出ればいつサメが喰いに来るかわからん。

①酸素ボンベの残量との戦い

②船と連絡が取れない中2人から遠ざかるエンジン音

この結果がどうなるかはネタバレになるので書くのを辞めておこう。
(もう遅かったらスマヘン🛳)

この映画を見た結果、今のオレより50倍は辛いであろう人間のエピソードを感じることが出来たが、なんや肌と海の距離があり過ぎてパッとせんかった。

時刻は0時を回っていたが痒みでまだまだ眠れそうにないオレはもう一本見ることに。




2本目
「ジャングル」


大学生が親のレールがおもんないや、スリルが欲しーやらでどこぞの国へ出発。
友達が二人できて仲良くはしゃいどるある日、街で声をかけて来るオッサン。

「ジャングルへ行かないか?普通の生活に飽き飽きしてんだろ?お前はジャングルを見るためにこの国へ来た。違うか?」

3人+オッサンでジャングルへ。

3人のうちの一人の足が歩きすぎで皮膚がただれる。
(このシーンのせいでオレの顔の痒み、UP)

それまで仲良かった3人だが、ただれた奴が泣き出す。
”足手まとい”やなんやで喧嘩。
(ただれた奴、お前の気持ちは痛いほどわかるどぉ〜😫😫😫)

オッサンは戻ろうという。
3人組のリーダーは進むという。

オッサンVSリーダー。

結果オッサン・足ただれた奴チームと、リーダー・主人公チームに分かれる。


色々あってリーダーと主人公も離れ離れに。

今度は主人公、足ただれる。
(オレの痒みもピークへ。)

結果、痒みがかなり増して鑑賞終了。


痒みに疲れ果てたオレ、疲れすぎでなんとか寝れた。

次の日、「エベレスト」見る。
エベレストのえげつないエグさを見てやっと落ち着いた。



今朝、オレの肌は大分と回復してた。

まだまだ酷いが、ようやく峠を越して回復に向かってるとなると気分が違う。

神戸に帰ってからのライブに備えて作曲再開。
気持ち良い昼を過ごし、さっきまでは趣味でプログラミングをしていた。

もうすぐ終わる沖縄1ヶ月生活。
肌の調子が悪いのを言い訳にもう1週間延長しようか?




終わり

神戸友人 had stayed in 沖縄 for 5days! 

(この記事はクソつまらん上に読むのに10分はかかります。)

ケン坊でっす。

沖縄に来て19日が経過。


この4、5日は神戸から幼馴染が遊びに来とって久しぶりにバタバタした週になったのぉ〜。

オレは今38歳で来月39歳になる。

30代に入ったくらいから旅行に行っても観光地を回る事がなくなった。


観光地を回る事よりも現地で生活をしてる人と会話したり酒を飲んだりする方が自分にとっては面白いってことに気付いたからだ。

海外に出るようになってからは特にそう。
20代前半、バックパックを担いで何度も色んな国に行った。

最初は遺跡とか世界遺産とかは必ず見て回ってたんやけど、途中から行かんくなった。

観光地を回って気付いた事は只その場に行っても何も面白くないと言う事やった。

「なんちゃらの寺院」とか「なんちゃらの壁」とかに行ってもそれらがなぜ有名なのか、何故世界遺産になったのか、過去にそこで誰が何をしたか?などの予習をしていなければ只の壁であり只の寺でしかない・・・・。


元々学もなければ知識も乏しい。
想像力も大してないオレが下調べもせずに世界遺産に行っても何も面白くなくて当然だったのだ。

しかも当時は若かった事も手伝って興味がない物の下調べなんか面倒臭くてしたくなかった。

それよりもゲストハウスに泊まってる宿泊客と絡んで色んな人の色んな人生の話を聞く方が楽しくなっていった。

36歳の時に英語を本格的に勉強するまでは海外でも日本人とばかり接していて海外に出てきた経緯や人生観などを話し、酒を酌み交わす事を楽しんでいた。

英語を勉強してからは外国人とも絡めるようになってそれが楽しくて益々観光地から足が遠のいた。

遺跡なんかなんも記憶に残らんのに絡んだ人たちとの会話は鮮明に覚えてて、日々の生活に戻っても
「あいつ、今頃何しとるんやろ?オレも頑張らないとなぁ〜」
みたいな感じで思い出し、勇気を貰うことが出来る。

なので旅先が日本国内でも基本的にはゲストハウスや飲み屋で知らない人と話すことが主流。

でもね、この4、5日は神戸からの友達が来てたわけやから彼には短い時間で沖縄を楽しんでもらいたいと思っていた。

特に彼はオレの友達の中では観光好きな奴。

彼がゲストハウスに到着した時には既に彼自身で沖縄北部の事を完全に調べ上げていて、4泊5日の予定をビッシリと決めていた。
この数日は彼の鬼の観光スケジュールに付き合うことになったのだ。

1日目
ゲストハウスで彼の歓迎会として餃子パーティーが開かれた。



彼が到着したのが18時半くらいやったからその日は餃子と唐揚げをしこたま食って酒をしこたま呑んで終了。


2日目
朝起きてタバコを吸いながら彼に
「今日は何するの?」
と尋ねた。

2日目は昼は沖縄北部でも人気を二分する”沖縄そば”のお店である「島豚屋さん」(もう一つの店は海と麦ってお店で彼の最後の日に行った)からスタート。


大迫力の見た目と同様に味は濃厚でバカほどでかいソーキ(骨つき豚肉)が病み付きになる蕎麦を食いながら彼が話す。

「今日はこの後13時から名護の方にある琉球ガラス工房でグラス作り体験を申し込んどるから。ここから車で約40分やね」

流石だ、蕎麦を味わいながら次の予定を話し、13時からの予約を伝えることで何時までに濃厚蕎麦を食い終わらなければいけないかまで伝わってきた。

蕎麦を急ぎめに喰ってタバコを吸ったら車でそのガラス工房を目指す。
彼の行ったとおり、約40分で到着。


ここで一個2500円(グラスの柄によって値段が変わる)でグラスを作ることが出来る。

っと言っても殆どの行程は危険な為、職人さんがやってくれる。
俺たちは熱されたガラスを鉄のストローでプゥーっと息を吐くのとそれを棒で2、3週クルクル回して最後に専用のハサミで飲み口を広げるだけだ。
(アグに桜柄のグラスを作って送った。)





グラスを作り終え、オレがトイレから彼の元へ帰ると彼は沖縄生まれのアイスクリーム屋さん「Blue Seal」のアイスを頬張りながらピンポンゲームを凝視していた。

ピンポンゲームというのは卓球のピンポン玉をある高さから投げ、並べられている幾つかの琉球グラスに入ればそのグラスが貰えるというゲームだ。(ピンポン玉は5個で一回500円)

アイスを食べ終わると彼はおもむろに財布を取り出し、スタッフにピンポンゲームをやる旨を伝えた。

彼はかなり慎重にピンポンを投げ入れるがピンポン玉は元気に跳ね回るだけでグラスに入る気配はしない。

「惜しい!いけそ〜やん。頑張れ〜」
とかうわべの応援をするオレ。

心の中では、
「そりゃ、入らんように出来とるわ。500円捨てたな。」
とか思とった。

しかし彼は3球目で入れやがった。

彼はニヤニヤしながら、
「2500円でグラス体験のグラスを一個やったけど500円足して3000円で2個になった。一個1500円やな。まぁヨシとするか。」
とグラスを小脇に抱えながらスタスタと車に戻っていく。

彼は助手席に座りながら、
「次は今帰仁城跡に行くでぇ〜。いっちょ世界遺産見物と行こうやないかえ〜〜」

出た、世界遺産!





って事で今帰仁城跡へ

今帰仁城跡入り口でルンルンの彼。入場料は400円
今帰仁城址の地図兼模型。結構広い。

こんな感じの石の壁が万里の長城のように続いている。

撮影スポット

携帯カメラのセットに手こずる彼
なんやしょーもない祠
火の神さんがおるらし〜。
妙な植物
歴史資料館にあった昔の琉球刀
面白くなかったのかなんとなく寂しい背中の彼。


消化不良感が否めなかった今帰仁城跡から一度宿に戻り晩飯は定番の民謡居酒屋へ。

男前のお兄さんの三線ライブ
汚い記念写真も撮れた。

民謡居酒屋から宿に帰り深夜まで酒盛りは続いた。
いやぁ〜、疲れた。
初日からバッタバタで移動しまくりでヘロヘロになったよ。



3日目
この日のメインは美ら海水族館。
朝8時半から開いてたんやけど彼の計画では午前中は古宇利島って島に行くことになってたから朝からドライブ。

朝からルンルンな彼。

オレは古宇利島に3年ほどまえに嫁のアグと行ったことがあり、ガタガタの岩を無理矢理「ハートの形」と売り出してるハートロックという岩と高っかいウニ丼で儲けようとしている売店以外に特に何もない島って知ってたんやけど彼にとっては初めての古宇利島。

彼の気持ちを壊してはいけないということで晴れていてこそ綺麗だと言われる古宇利島に、最強の曇天の下行ってきた。

曇天とハートロック

オレが初めてこの島・岩に訪れた時の悲しい顔と同じ顔をしている彼を見て古宇利島は誰にもお勧めできないと確信した日になった。

帰りしに寄ったダチョウランドの方が面白かったの。



そうして美ら海水族館の近くまで帰ってきたんやけど水族館に入る前に昼飯ということで彼に尋ねた。
「今日の昼飯はなんか考えてる?」

彼、
「おう、もちろん。なんか近くに沖縄のハンバーガーの大会で優勝したババべべってハンバーガー屋があるからそこ行こや。」

「ババべべ」じゃなくて「トトラべべ」やった。

本格的で美味いハンバーガーやったけどこれで800円。
2分で完食

彼は1300円のベーコンバーガーに+500円してポテト・ドリンクセットを注文した。

オレは金をケチって800円のバーガーに250円のクッソ高いコーラを注文。
店の窓から見えている160円で500ml入っているコーラを睨みながら250円で200mlくらいであろうコーラでバーガーを流し込んだ。

高か〜い高か〜いハンバーガー屋をあとにしていよいよ美ら海水族館へ。


「水族館でじゃなくてコンビニでチケット買ったら200円くらい安いらし〜で」


流石やわ・・・・。
いつ調べてん?






高校生の頃から数えて10数回目の沖縄(4回目の本部町)にしてようやくやってきた「美ら海水族館」。

立派なジンベイザメの銅像が迎えてくれた。



オレは実は結構な水族館好きで国内外で無数の水族館に行っているのだが美ら海水族館、結構良かったぜ。
見せ方が上手。


見て回りやすいし飽きない。

大水槽前でコーヒーが飲めるカフェがあるのもポイントが高い。

作りも要塞のように立派だし内装も美術館か?って程に洗練されている。
流石、世界最大級の水族館だ。
(日本一来客が多い水族館である)




一番最初に見たのはやる気のないマナティーと交尾しているウミガメやった。


次にイルカショー。
イルカショーは何処も代わり映えしないね。
ステージの後ろに伊平屋島が見えてるのが👌やったくらいかな


マナティーも亀・イルカも別館やったからまずはそれらを全部見てから本館へ入った。


最初の方は何処の水族館でもよくあるちっちゃい水槽系ね。
オレは頭がパァ〜やからデッカイ方が好き。
ちっこい水槽はスルーしたいんやけど彼は一つ一つ食い入る様に見ている。

オレの心
「あ〜、はよ次行きたいなぁ。何が面白いんやろ?探さな見えへん魚とかなんで金払わなアカンねやろ?も〜捕まえんと海で放っといたり〜な。う〜、つまらんよぉ〜。・・・は、!いかんいかん。今は彼の観光がメイン。オレの気持ちなんかど〜でも良い。友達ならこのちっちゃくて面白味のない水槽に耐えるべきやね。もうオレは大人やねんから、空気を読まないと♬」

ダラダラとちんまい水槽を回り、ようやく出てきた大水槽。
デカイジンベイザメ2匹やマンタが泳いでいて中々に迫力がある。


中々に良かった美ら海水族館に満足して宿に帰り、疲れた二人は2時間ほど仮眠。

この日の晩飯は宿のマスターが麻婆豆腐を作ってくれたからオレもツマミとして買っておいたナゲットとチキンを焼いて酒盛り。
深夜遅くまで飲んだとさ。


4日目
彼がゆっくりと観光出来るのは実質この日が最後。
彼の希望はシュノーケリングだった。

俺たちの宿から車で1時間半ほど離れた所に「青の洞窟」っていうダイビングポイントがありそこに行くことに。
(彼が予約してくれていた)

多少の波の高さが心配なものの青の洞窟までのボートは出せるということで車で向かった。

途中で彼が、
「行く途中に日本一に選ばられたことがある道の駅があるらしいからそこで昼飯食おうぜ」
って事で「許田」って”道の駅”に寄り道。

何が日本一なんか知らんけど普通の道の駅やった。
オレは沖縄そばを、彼はタコライスを注文。
普通過ぎて感想もない程だった。
予約時間まであんまり余裕もないしそそくさと出発。

これまたいつの間に買ったんか知らんけど気がつくと彼はサーターアンダギーにむしゃぶりついていた・・・。

青の洞窟を案内してくれるなんたら(名前忘れた)とかいうダイビングショップに到着。
俺たちについてくれるガイドは女の子2人で大阪と青森出身ということだった。

昨日の蕎麦屋と最後の日に行った蕎麦屋(両方とも沖縄本部町で人気No1とNo2の蕎麦屋だ)と沖縄のハンバーガー大会で優勝したハンバーガー屋さんにこのガイドさん、果てには俺たちが宿泊している宿の夫婦は全員沖縄人ではない。

沖縄で遊んでるのに沖縄人と殆ど絡んでない。
今回の神戸の友達がちゃんと絡んだ沖縄人は宿の宿泊客の1人、畑もちのウエマさんと宿の近所で農家をしとるオッサン「マーさん」だけだ。

話がそれたけど台風が接近中の少し肌寒い曇天の下、38歳のオッサン二人で美しい海へ飛び込んだ。

浮くオッサン二人。
木漏れ日の中、戯れるオッサン二人

オッサン二人でしこたま戯れ、宿に帰る。

この日の晩飯は彼の沖縄滞在最後の夜という事で高級アグー豚シャブシャブの店「ちゃんや〜」さんへ。

この高級しゃぶしゃぶ屋はオレも何度か使っていて彼にもイチオシとして紹介していたため彼も楽しみにしていた。

予約の時間まで少し時間があったので近くの綺麗な岬、備瀬崎を散歩して時間を潰すことに。

せっかくの高級店ということで気分も最高の状態で行きたいという彼のために備瀬崎に連れて行ったのだが運が悪いことに夕暮れ時になった瞬間に曇ってきて夕日が海に沈むのを見れなかった彼。

綺麗な景色は見れなかった彼だが地元民でも滅多に発見できないであろうウミガメのミイラを発見してしまう。

せっかくの高級なお店での食事の前、腹も空かせて準備も万端。

そんな矢先に食欲がなくなるミイラを発見する彼はある意味持っているなと思った。

何はともあれ食事の時間。

このお店はリニューアルされたばかりなんやけど前の店も新店も沖縄古民家造りでかなり立派なお店だ。

檜をふんだんに使って建てられているため店内は檜の香りプンプンだ。

可愛い縁側で古酒を舐め、彼も満足げ。
(ウミガメミイラのことなどとっくに忘れている感じ)

前菜はミミガーと海ブドウ
高級古酒かねやま20年もの。ボトルで3万円
ちっちゃい方がかねやまでデカイのがチェイサー。これで1300円💦
高級アグー豚(お代わりもした)
シメは雑炊とアーサー汁。

これらと単品で「あんまソーメン」とお互いに泡盛4杯づつとビール一杯づつ飲んでお会計は一人1万円くらい。

高級って言っても良心的な値段だよなぁ〜。

そして宿に帰って深夜まで酒盛りのラストスパート。


次の日、最後の沖縄そばを「海と麦と」という本部で人気を二分する蕎麦屋(経営者は沖縄人ではない)で食って彼は神戸に帰っていった。

怒涛の5日間。
ノンビリ沖縄滞在を長期で過ごしているオレにはとても忙しく感じた5日間やった。。。

特にオチもなく、終わり

ウエマさんの歌part2(坊さん付き)

ケン坊でっす。

沖縄生活が長くなってきてなにがヤバいって食生活が完全に崩壊しとる。


結婚前は外で喰うか、こんなんばっか喰うとったから今更なんも思わんといえば思わんねんけど。
(なんか久しぶり感もある。改めてアグは飯作るの上手いと思ったね。)

歳も歳やしもうちょっと気を使った方がえ〜ね。
気をつけよ。

さぁそれはそ〜と、ゲストハウスに長期で宿泊しとったら色んなタイプの人間がお客さんで来るわけなんやけど、2日前には寺の跡取り予定やった息子が来た。

仏教系の寺らしくてお父ちゃんが住職で、まともにいけば彼が後を継ぐらしかったんやけどお父ちゃんとお婆ちゃんが仲悪くて喧嘩ばっかりなんに嫌気がさして寺を飛び出してきた35歳と言うことや。

(ホンマにそんな説明やってんけど全く意味が分からんよな?親父と婆ちゃんが仲悪かってなんで家出に繋がんねん?笑笑。あんま興味なかったから深掘りはせんかったけど・・・。)

まぁ堅い話はなしで夜は例のウエマさんも入れて3人で酒盛りだわさ


楽しい夜を過ごしたんやけど、この最近ちょくちょく登場するウエマさん(ギター弾いとる方)は畑もやっとる人だ。
っと言っても畑を始めたのは去年の10月くらいから。
まだ半年にもなってないペーペーだ。

ウエマさんは数年前までご自分で会社経営されてたみたいだが不景気の煽りで倒産。
持ち家も売却を余儀なくされたそうだ。

大変な苦労をしてきた彼だが、彼は勇者なのだ。
畑を始めたのはわずか半年前でそれまで農業経験は0。
にも関わらず一人で勉強を始め62歳にして畑を始めた。

お一人で0から(荒地から)スタートされたのだ。
根性あるよなぁ〜。

62歳にもなるのに奥さんを浦添市に残し一人沖縄北部に畑を作り、毎朝5時半にはゲストハウスを出て、夜は18時頃に帰ってくる。
(1ヶ月3万円のゲストハウスい〜さ〜に住んでいる。)


そんな素敵なウエマさんと坊さんの卵と呑んだ次の日、前に沖縄で友達になったチエジマさんって方を足した4人で、バーベキューをすることになった。

午前11時に集まって食材の買い出しに行くということになってたんやけど買い出しの前にみんなでウエマさんの畑を見に行くことに。


ウエマさんは畑を二つ持っていて、これが一つ目のマンゴー畑だ

ビニールハウスなんぞに入ったんは小学生の時の農業体験かなんか以来や。
中は激アツ。
蒸っし蒸し💦
(熱中症で亡くなる方もおるそうだ。)

4月であの暑さやったら夏どんなんなるんやろ?
考えただけで頭ポォ〜やわ。







これがマンゴーの木。

このちっちゃい実が成長してマンゴーになるねんて〜〜。
凄いねぇ〜。







そしてビニールハウスの端にウエマさんのオアシスを発見。
ここでダラダラと休憩をするらしい。
秘密基地やね。






歩く所に普通に刃物がゴロゴロ転がっとる。
この小さなズサンが彼の会社を潰す要因の一つになったのでは・・・・・。







マンゴー畑から車で5分ほど離れた所に二つ目の畑があった。
ここではシークワーサーを作っているらしい。

このシークワーサー畑も最初は草木がボーボーでウエマさんが一人で木を切り、草を刈ってならしたらしい。
その残骸がこちら。

苦労した過去を思い返し、浸るウエマさん



このウエマさんの畑なんやけど行くときは結構な山道を入っていったから山の中にあると思ってたんやけど畑のすぐ裏に展望台があり、その前は沖縄らしい綺麗なコバルトブルーの海が広がっていた。

展望台から下に降りる事が出来た。

海沿いには祠が沢山あり、神様が祀られていた。
ちょっとジブリっぽい場所やったなぁ〜。


ウエマさんの畑ツアーが終わって食材も買い、ゲストハウスに戻って昼過ぎから夜までバーベキュー


色々と苦労しているウエマさん。
酒と歌とギターが大好きなウエマさん。
毎日太陽の下で働き、夜は歌を歌ってくれるウエマさん。
結構大変な人生にも関わらず何事にも絶望せず、62歳からでも新しい事にチャレンジするウエマさんはホンマに素晴らしい。
(もらいタバコばっかするのがウザイけど。)

オレも頑張らなくちゃな。
最後はそんなウエマさんの歌をどうぞ。

終わり。

バッチャンと茶〜呑んで、自分がジッチャンになるまでの時間の短さを感じた日。

今日はね、なんか沖縄のバッチャンとお茶した。

庭でノンビリ煙草を吸っとったらバッチャンが来て、
「一緒に休憩してしてええ?」
って横に座ってきた。

オレ
「どうぞ、え〜ですよ〜。」

バッチャンは自分が持っとった茶を出して呑んどった。
天気がえ〜事だけをお互いに言い合った後は無言の二人。

なんとなく取ってつけたように無駄な話をしたくなくて、俺も話を振る事もなく、目が合ったらニッコリするだけで二人でボォ〜っと田んぼを見とるだけやった。

数分してバッチャンが、
「電気屋さんにさぁ〜、壊れた冷蔵庫と洗濯機を取りにきてもらいたいんだけどさぁ〜、電気屋さんの番号しっと〜ね?」

オレ、
「お〜、ちと待ってな。」

オレはスマホで名護の電気屋さんの番号を調べて婆ちゃんに教えてあげた。

でも街の電気屋さんなんかが新しいのを買いもしない人の不要な電化製品を持ってってくれるとか神戸では考えられんかったからバッチャンに、
「電気屋さんの番号は合っとる思うけど持ってってくれるかは分からんよ。リサイクルショップとの方がえ〜んじゃない?調べようか?」

婆ちゃん
「電気屋さんがぁ持っていってくれるよぉ〜。」

俺、
「ふ〜ん、ならえ〜けど。今から電気屋さんに持って行ってくれるか確認の電話してみたら?オレが話を聞いてみたろうか?」

婆ちゃん
「後でするからえ〜よ。」

オレ
「へぇ、ほなまぁ・・・ええか」

そっからまた5分くらい二人共無言で、俺はコーヒーと煙草を、バッチャンは茶をシバいとった。

茶を飲み終わったバッチャンは、
「じゃあ、ごちそ〜さん」
っと言って帰っていった。

俺、なんもご馳走してないけど・・・。


でもなんかバッチャンは電気屋の番号を聞きたくて俺の横に座ったって感じはせんかった。
(分からんけどね。)

用もなく、話も殆どせずに、なんとなく一緒の空間に居るだけ。
こんな事、神戸じゃもう無くなったよなぁ〜。

自分が子供の頃、夏とか公園で遊んどって疲れた時にベンチに座って休憩しとったら知らんバッチャンが隣に来て、
「元気ねぇ〜。帽子をかぶらんといかんよぉ〜」
とか言いながら飴ちゃんとかくれたの思い出したなぁ。

オレもあと20年すれば、ジッチャンの仲間入りなんやなぁ。
ヤバい、もっと遊びたいやなぁ〜〜。
切ない事実は現実や。
受け止めつつ、良い人生を!


終わり


沖縄10日目、買い物とバーボン。

お疲れっす、ケン坊です!

沖縄生活10日目だぁ🤤🤤🤤
もう既にまったりムードに染まってしもとって、ゆるーく過ごしとりま。

昨日は沖縄に来てから9日目だったんやけど久っさしぶりに晴れたのよ。
ホヤからね、洗濯。



やっぱね、カァ〜〜〜〜っと晴れたら気持ちえ〜ね。
パン、パン、パン!
ってなもんよ。

夕方からはね、オーナーと一緒に沖縄豆腐を使った湯豆腐パーティーした。

前半はアッサリと島ポン酢で食って呑んでね、後半は麺つゆ放り込んで呑んだわいさ。

あ〜〜、やっぱ沖縄はえ〜ね〜。
農家しながら2年住むとかありやな。

ん?なんて?
呑気なことばっか言うてんと、仕事せんでえ〜んか?って?

え〜〜い、だまれだまれ!
わ〜〜っとるがな!

やる時はやる子ですよ、アチキは💕
かなわんなぁ〜、しかし😘😘😘


そんなしょ〜もないことよりホレ、この写真見ぃ〜て。
うまそやろ!?


途中から他のゲストも参加して、また夜遅くまで飲んだわいさ。

ほんで、今日。
今日はな、買い出しに街まで行く予定やってん。
ホヤから眠たい身体を叩き起こしてな、昼くらいからバイク乗って名護に向かったのよ。
(オレが宿泊しとるんは本部って所で超田舎。名護は軽く都会で距離は原付で40分くらい。)

ちょっと写真がショボくて申し訳ないんやけどね、晴れたら海の綺麗さが際立つよ。

これ、ビーチに見えるけど漁港の横やからね。
漁港の側でこの綺麗さはヤバイね。

ボォ〜っと海見とったら女性の外人さん二人が泳いどった。
久しぶりに英語で話しかけようかと思ったんやけどどこから砂浜に降りるのかわからんかったから断念。

砂浜通り過ぎて買い物に向かったとよ。

オレは沖縄でいうと本部の田舎が好きやけどそっから原付で40分の名護まで来るともう普通に街だわさ。
イオンもガストもMAXバリューもあるし、なんでも揃う。

オレはメガドンキに行きたかったのよ。
流石に沖縄生活10日目にもなると島の食いモンにも慣れて別にカップ麺とかレンジでご飯とかでもよくなってくるわけ。
(金も節約できるしな)


結局の所、飲みもんや食いモンはどこに行ってもその土地に慣れてしまえばいつも通りの神戸で食ったり呑んだりしとるもんで事足りるようになってくる現実・・・。

今、これ書いとる瞬間もオリオンビールじゃなくて「のどごし生」呑んどるし、アテはセブイレの焼き鳥食っとるくらいやからな 笑笑


ほんでもね、新しい試みとして「巻きタバコ」を吸ってみたくなってね。
宿の奥さんが吸っとる。

これまで海外旅でも出会う旅人はかなりの確率で「巻きタバコ」吸ってたんよ。

巻くのが面倒臭いってのがネックなんやけどメチャクチャ安いし、結構美味いのよ。
手巻きで「巻く」って作業もなんか格好え〜やん?

毎回買いに行くのを面倒臭がって結局TRYせずじまいやったんやけど今回の沖縄生活は時間に余裕がありまくるからね、「試してみよう」ってなった訳。

ドンキで購入。

タバコ70本分の葉っぱが660円、フィルターが300円、巻紙(ロール)はタバコに付いとるからタダ。
後、専用の巻き機(ロール)が600円くらい。
(巻き機は一回買ったら5、6年は使えるらしい。)

巻き機(ロール)をどけた料金を計算したら普通のタバコの半額以下やからね、コスパはえ〜よね。





①ロールにフィルターと葉っぱをセット。





②形を整えるために巻紙なしで数回まく。









③横から中の様子をチェックして綺麗に巻けそうな形になる所を探す






④巻紙のツルツルした面を選び接合部にツバをつける




⑤巻紙をロールに差し込んでロールをクルクルと回す。






完成!





後は肺ガンにならない事を祈りつつ吸う。
(アグに指が太ったね💕と言われてから自分の指の佇まいが気になる・・・。)






巻きタバコデビューしたんやけど、思ってたよりも面倒臭くないし味も美味しい。

有りやな。


お目当てのタバコも購入できたし久しぶりに遠出して楽しかった。

行きしは海沿いの道、帰りは山道で帰ってきた。

沖縄は海が綺麗なのは勿論のこと、緑も青々と萌えちょる。
久しぶりにバイクに乗ると写真を撮りたくなったなぁ〜。

今日は相棒の6D マーク2(一眼レフカメラ)を持って行ってなかったから携帯でパシャってたのね。

だからか知らんけど帰ってから写真をチェックした景色はほとんど撮ってなくて、潰れた蕎麦屋や昔ながらの食堂の写真ばっかやった😢

オレ、廃墟オタクなんかな?
廃墟ばっか40枚くらい撮っとった💦





今回はね髪の毛ボッサくれやったんやけど沖縄に来る前に髪の毛を切ってこなかったのよ。
なんかね、島の田舎の床屋に行ってみたいって思っててね。

今日は天気もえ〜し、買い物のついでに散髪屋も行ってきて久しぶりに坊主にした!
スッキリ、スッキリ。
最近は仏教やら儒教やらの本に影響受けとるからね、坊主が格好良く感じる。
え〜気分や。

帰ってきてからゲストハウスの奥さんと一緒にノンビリとタバコ巻きながらバーボン飲んどるから既に結構酔うてしもとる。

今日は19時からヴィッセルの試合があるから今からシャワー浴びて、酒飲みながらサッカー見て、終わったらみんなとまた呑んで終了やな!

良い一日やった!
終わり!

「ウエマさん」の歌。

おす、ケン坊です!

音楽の良さが38歳にして分かりそうな気がしとるでぇ〜。

昨日、今日に出会った人って結構気を使うもんやろ?
でも「音楽」はその薄い関係を一気に凝縮してくれる力あるよな

自分がオッサンになるという事を心の底から嫌がっとるオレなんやけど、「オッサンになってからの良さ」って一瞬だけやけど感じれる瞬間がある。
特に呑んでる時やなぁ〜。

人生山あり谷ありって言うけど、得てして人はそれぞれでシンドイ事の方が多い人生を送る。
実はオレも今、結構シンドイ。
(プログラマ辞めてから次の道が見えん。)


そんな時に助かったり染みたりするのは人生の先輩達の我慢の裏側にある本音の所やったりする。
パッと見「フツーのオッサン」やのに歌とか歌ってもらった時にその人の人生の深い所が一瞬だけにしろ垣間見える事あるよな。

「ウエマさんの歌」が今のオレにはよ〜け染みた

今日はね、沖縄のオッサン「ウエマさん(漢字は知らん)」が主人公。
彼の詳細はよ〜知らんねんけど60歳回ってから農業を始めたらしい。

情報はそれだけやねんけど「歌」、歌いはるねん。
オレのしょうもない相槌と枝豆・酒飲んでる感を出してるのが鬱陶しいけど、


聴いて!


 
一生懸命に歌ってはるやろぉ〜〜。

今日は新規の客がおらんかってん。
オレとウエマさん、二人で飲んだ。


え〜よな〜、旅と出会い。
オレには1番の薬💞
では、おやすみなさ〜い

終わり